イスラエルチームの数人と親しく懇談する機会もありましたが、懸命に「何か協力したい」と話す彼らを不憫に感じることすらあったほどです。彼らが現地に入ったのは発災17日後のことでしたが、出動準備は発災後48時間から遅くとも72時間後にはできていたそうです。到着が遅れたことについての彼らの説明は、「日本側の許可が下りなかったため」。そのときの会話から、彼らの日本の経験での落胆は尋常なレベルではなかったのではないかと、今も思っています。

米国に伝わらない日本の実情
 もう一点、今回日本の医療支援に向かうに際して、ちょっとしたいざこざがあったことを付記しておきたいと思います。冒頭でも少し触れましたが、私は全米各地で新生児集中治療や一般新生児医療を担うPediatrixという組織に、新生児NPとして所属しています。本部がフロリダに在るこの組織には、全米で200以上の新生児専門医師/新生児NP医療グループが所属しています。さらに現在は麻酔部門や産科も所属しており、開業医グループとしては最大級です。

 ところが、日本に行くことになった時に、この組織のNPのトップが、福島原発のことなどから被ばく者として戻ってくることへの懸念を示したのです。「あなたが戻って来た場合に、未熟児などの新生児のいる環境にどのような危険があるかを十分考えなければならないし、被曝汚染が同僚にどのような影響があるのかが問題です」という電話を、出発数日前にもらいました。

 日本から帰国したら、1日置いて、またすぐ仕事に戻る予定でした。しかし、かなりの懸念を示され、「日本へ行くなとは言わないが…」と口を濁されました。私には彼女を説得する時間も余裕もなく、「問題であれば辞職しますから」と言い残して日本へ行きました。仕事よりも日本へ活動へ行くことの方が、私にとっては重要だったのです。

 米国のニュースの報道は、私が聞いていても、「日本の国民は東京から逃げなければいけない」という印象を受けるほどです。実際に、東京から出ていく人のインタビューがニュースで報道されていたりするので、日本の地理に詳しくなければ、そう思うのも致し方ないでしょう。仙台と福島、東京の地理的な違いをすべて理解してもらうのは難しいことなのです。そんな環境下では、私の出発前に電話をかけてきた上司の「患者環境への安全性」への意識は理解できます。

 ちなみに、出発前の辞職話は私がいない間に直属の上司である、新生児専門医が介入してくださり、帰国したときには一件落着していました。私は米国に戻った後も以前通りに働き、当直もしています。