日本での仕事内容は、米国でNPとして仕事をするのとはもちろん、看護師として働くことと比べても大きく違いました。米国では看護師も、医師と提携しながら自分が担当する患者さんたちに対して、医療に関する責任を持つので、「先生お願いします」という感覚はありません。当然薬品の選択や量の計算、調整を絶えず考えながら仕事しています。今回の日本での看護業務にそのような部分がなかったのは慢性期患者が多かったことも一つの理由ですが、フィジカルアセスメントが看護業務にほとんど必要とされていないことも大きな理由だったと思います。そのことは、少し寂しくも感じました。

 「この程度の処置を、なぜ医師がしなければならないのだろう」と思ったことも少なからずありました。例えば、本当に軽微な小さい切り傷の処置です。家であれば、恐らく消毒して様子をみる程度のものでも、処置するのは医師です。医師である方が安心、という意味なのかもしれません。少なくとも米国で整形外科患者や腫瘍外科オペ後の患者も入院する外科ICUで看護師として働いた身には違和感がありました。

 また、小さなことかもしれませんが、今回配られたチームの名簿などで、医師とその他の職種とで、呼び方を変えられていました。私は、米国の現場で、医師もNPも看護師たちも呼吸療法士もみなファーストネームで呼び合う環境で仕事をしています。医師は●●先生、看護師は●●さんとなっているのは日本では当たり前の状況なのかもしれませんが、「さん」と「先生」という呼び方で、立場が暗黙のうちに区別されていたような不思議なものを感じました。

 看護と医師との間の隔たりも感じました。「私だったらこうするかな」と、ついうっかり口から出てしまったことを、治療に取り入れてくださった医師もおられましたが、怪訝な表情をされる方も見受けられました。数人の先生方から、「聞いたことがなかったのので、NPの話は刺激を受けた」とか、「積極的なナースだ」といったコメントもいただきましたが、それは"出しゃばりだ"という意味だったのかもしれないと後から反省したほどです。

 優秀な看護人材が沢山存在する日本では、看護師が今後復興していく地域の医療に幅広く貢献をすることが可能だと何度も感じました。けれど同時に 今回の体験を通じて、日本ではNP導入を考える前に、まずは看護の基礎教育を現状以上に幅を広げて強化し、医師が持つ看護師のイメージを変える必要もあるように感じました。

活躍の場を狭められたイスラエルの医療班
 私たちが展開していた南三陸町で活動していた、イスラエルの医療チームについても触れておきます。今回、厚労省は3月13日付けで、「東日本大震災の被災地では、海外の医師免許による医療行為も認める」と通達を出しました。イスラエルの医療チームもそのスキームで来日していたのですが、彼らが十分な能力を発揮できていたとは思えないのです。

 というのも、彼らは単独で働けるわけではなく、常に日本人医師のバックアップが義務付けられていました。ある患者さんはイスラエルチームの外科医が行った、ほぼ完治した外傷の治療のフォローアップを受けるためだけに、TMATの外来に来られました。その患者さんは英語を話されるため、「自分でイスラエルの先生に言ってもいいんだけれど」というニュアンスのことを口にされていましたが、TMATの日本医師が患者と同伴しなければ、イスラエルチームの診療は受けられません。

 母国語以外での診療ですから、通訳がついても診断するのは難しいという判断はあり得るかもしれません。ただ、既にキレイに治りつつある外傷の最後のフォローアップをイスラエルの医療チームにお願いするためだけに、日本人医師が介入する必要はないのではないかと、私だけでなく、一緒にいた医師も感じていたようです。

 イスラエルのチームは優秀なスタッフばかりのようでしたし、多くの最新の診察機器も持ち込んでいました。TMATの医師が「イスラエルの医師にお願いしたい」と考えても、外務省の腕章を付けた方が、イスラエルチームの行動を把握するように施設内に待機しており、彼らができるだけ介入しないようにと見えない糸を張り巡らさせているように感じてなりませんでした。外務省と厚労省は何か仲間割れをしているのだろうか、と素人ながら何回考えたか分かりません。