写真9 患者を搬送するため、緊急消防援助隊の救急車が続々と川俣高校の校庭に集結。すでに周囲は暗く、新潟などの目的地に着くのは何時になるのか…(YouTubeより転載。もとの動画はこちらから

●前代未聞のMission Complete.
最終的に、198名の患者に放射線サーベイとメディカルチェックを行い、搬送を完遂した。
事前の情報ではトリアージは歩行可能な「緑タグ」のはずだったが、実際はほとんどが歩行困難だった。また、あらかじめ決めておいた1万3000cpmを超える線量は検出されなかった。

南相馬市立病院から自衛隊救急車で来た57人は、新潟県消防学校(新潟市西区)に49人を搬出した。
残った8人は重症度が高いと判断し、防災ヘリ使用を予定したが悪天候に阻まれた。

メディカルチェックで状態が悪いと判断した患者1人をSCUへ収容し、安定化させた。
この患者と防災ヘリの利用を計画した患者、合計9人は計画していた時間に搬出できず、
行先を福島県立医科大学(福島市)に変更し、一部は自衛隊の英断で自衛隊救急車を使わせて頂いた。
大町病院(南相馬市原町区)から、機動隊の護送バス5台と救急車1台で校庭に入ってきた計62名は、民間バス3台と救急車1台に載せ換えて、まるごと前橋赤十字病院(前橋市)に搬出した。この他に、ケアホームへも18人を搬出している。

大変な人数と車両を、何とか安全に搬出させることができた。

写真10 最後のミーティング「反省会」。搬送作戦を完結できたことは誇るに値する。

最後のミーティングを「反省会」と名付けたせいか、
あれこれ良くなかったと指摘があった。

が、私はそう思わない。

200人近い患者と彼らの乗る車両を一日で掌握し、トリアージして重症患者を選別して安定化し、収容病院の変更にも対応し、タイトスケジュールの防災ヘリコプターも運用し、不足する救急車まで調達し、そして1人も迷子にしなかった。
こんな大規模で複雑な搬送支援作戦は前代未聞。
完結できたことは、誇るに値する。

そして2日間の統括DMATという重責を全うできたことを、メンバーに感謝する。

写真11 気づけば、ろくに食事も取らずに活動していた。翌日も朝は早い…。

個人線量計は0.07mSV。まだ大丈夫。
しかし気付くと、八戸隊の4人は昼食も夕食もとってなかった。

川俣高校を撤収してDMAT本部に報告すると、また翌日の活動についての会議。
最初に出たのが、相馬港から新潟へのヘリコプター搬送。かなり朝が早い。
相馬なら、そのまま撤収して八戸に帰るのに有利かも知れない。
他のチームがためらうような雰囲気のなか、千葉医師が立候補を申し出て即決。

明日は相馬、しかも早朝からの活動だ。少しでも英気を養っておこう。
そう思いながら宿に入り、いつの間にか眠っていた。

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