私はDMATトリアージ班長を託した佐藤医師に無線で伝えた。
「このまま自治医大行きとリハビリセンター行きの決定を進める。優先順位は搬送時間」。佐藤医師も了解。

すでに、病院からバスが到着して3時間。高齢患者には疲労感が漂っていた。
男性患者がトイレを希望したが、体育館裏の高台に階段で登らないとたどりつかない。
不自由な足取りでは到底無理。他に方法もなく、男性は立小便してしまった。

「出発前に再度、メディカルチェックを」
佐藤医師の号令で、DMAT隊員が2台のバスに入る。
「バスのドライバーは、行先が自治医大と聞いている」。佐藤医師からの無線。
「リハビリセンターの住所を教えてほしい」
「了解、県庁に聞く」
さらにドライバーから、バスに医療従事者が乗らないと不安だと言う声が挙がる。
これには、搬送元病院の看護師が付いてくれることになった。
自治医大行き28名、リハビリセンター行き32名の出発は、日が暮れた後だった。

写真7 ヘリコプターの着陸地点から臨時ベッドまでの搬送は、ヘリの担架を使った。

●「新潟方面、天候不良」
栃木へのバス便がトラブルに陥っている頃、統括補佐の千葉医師は別の問題に直面していた。
午前中、DMAT本部は防災ヘリ4機が待機していると伝えてきたが、川俣高校側の待機場所が分からない。
「地上支援が必要になるだろう」と自衛隊は支援に向け準備を開始しようとした。
すると、次に本部から伝えられたのは「地元消防による支援隊を待て」。

支援隊は昼頃に到着、校庭の真ん中に「H」マークを描いて待機している。
やっとヘリ搬送の対象となる患者1人が決まったところで、14時過ぎに1機目を要請。

福島空港から、15分ほどで栃木防災ヘリが降りてきた。ダウンウォッシュで土が舞う。
着陸点と体育館内の臨時ベッドの間は、ヘリの担架で搬送してもらった。

写真8 せっかくの着陸も、福島空港へ戻ることを余儀なくされた滋賀防災ヘリ。

離陸したのは14時20分頃だったろうか。
支援隊の隊長が、「15時までにヘリを出さないと、(搬送先の)新潟から帰って来られません」
さあ、そうなると離着陸の時間も惜しい。
15分間隔で福島空港からヘリを離陸させるよう伝え、対象患者を急いで探す。
この時点では、搬送対象となる残り3人を選び出す作業の真っ最中だった。

離着陸の時間を短縮するため、ヘリポート最寄りに患者を救急車で寄せておこう。
しかし、救急車は何台もあるが行き先はみな決まっていて、待機させるのは難しいという。支援隊の隊長に頼み、何とか体育館からヘリポート間近に患者を運ぶ救急車を確保。

準備する間に2機目の防災ヘリが降りてくる。今度は鮮やかな黄色の滋賀県防災ヘリ。
ところが、ヘリが着陸する前に支援隊長から報告が入る。
「新潟方面は天候不良で飛べない、(先程のヘリは)患者を乗せてここに戻って来ます!」

仕方ない、防災ヘリは全機キャンセルだ。
せっかく降りた滋賀防災ヘリにも、そのまま福島空港へ戻ってもらった。