復旧が進む被災地だが、震災から1カ月が過ぎた現在でも活発に続く余震はいまだ大きな影響をもたらしている。4月7日夜には最大震度6強の余震が再び東北地方を襲い、ライフラインは再び寸断された。脅威は医療機関にも及んでいるようだ。

 気仙沼市立病院呼吸器科の椎原淳氏が、地震発生後からNMO編集部に報告し続けてもらっている日々の状況について、4月7日、11日にいただいた分を掲載する。


4月7日1:57
避難所で褥瘡が多発

 被災地の真っ只中にもかかわらず、気仙沼市立病院は新たに4人の研修医の先生を迎えました。町は壊滅しており、食糧や基本的な生活物資の調達にも不自由する状態です。その状況でも、若い先生が逃げずに研修に来てくれたことで、病院はまた、やる気を取り戻して活気付いています。

 日中はやはりまだ内科急患が多いという印象ですが、消化器内科が一般診療を再開できていない以外は、院内はほぼ通常の診療体制に戻りつつあります。外科も待機手術を始められるようになりました。

 しかし院外に目を向けると、避難所暮らしの方の生活はまだ非常に厳しい状態が続いています。震災後からADLが低下するとともに、避難所の床が非常に硬いため、褥瘡が多発しているという話も聞きました。褥瘡処置用の被覆材も十分にあるとは言えず、生活環境の根本的な改善もすぐには望めません。褥瘡の患者は今後も増えると予想されます。

 震災発生後からの連続勤務や、壊滅した町を日々目の当たりにすることで、精神的に失調を来している患者さんも来院してくるようになりました。被災者のケアは急性期を越え、精神的なケアの重要性が高まる時期に来ているのかもしれません。


4月11日13:07
震度6強の余震、院内「計画停電」は幸いにも回避

 7日夜の大きな余震で、気仙沼には津波警報が発令され、防災無線からのサイレンが再び響き渡りました。住民はほうほうの体で高台へ避難しました。

 私は病院の外にいたのですが、立っていられないほどの地震で、辺りはあっという間に停電になりました。真っ暗闇の町の中、津波の恐怖に怯えながら、バタバタと高台へ全力で駆け上がりました。

 病院は先月の震災直後と同様、自家発電に切り替わりました。実は、自家発電のモーターは、数時間稼動すればいいようにしか作られていません。そのため、メディアでも流れましたが、気仙沼市立病院の自家発電機2台のうち1台は、震災4日目の夜中にオーバーヒートを起こし、壊れかけていました。

 この事態によって病院の半分はブラックアウトし、人工呼吸器を装着した患者など、対応に追われたことがあったのです。(この4日目の深夜は、病院に火の手が迫っている時でもありました。病院にとって最大のピンチで、スタッフにも生命の危機が迫った瞬間でした)

 再びのオーバーヒートを防ぐため、先週8日には2時間ほど自家発電を止める、いわば院内「計画停電」が計画されました。しかし、病院を含む気仙沼市全域が8日の17時頃に通電したため、「計画停電」は回避できました。いずれにせよ、院内のスタッフに再び恐怖心を植え付けるには十分すぎる余震だったと言えます。

 余震の後、私用があって、気仙沼を離れて仙台、山形と行ってきましたが、8日金曜日の夜は高速道路までの道すがら、気仙沼の内陸、一関、登米の辺り、すべて停電していました。文字通りゴーストタウンの真っ暗闇の中、車のヘッドライトの光だけを頼りに運転する状況が続きました。

 前回に通ったときは問題なかった道路にも、うねりや亀裂が入り、崩落している場所もありました。途中、一軒家が激しく燃える火事にも遭遇し、今回の余震も相当に大きなダメージを残したことをうかがわせました。

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 日経メディカル オンライン(NMO)では、東北地方太平洋沖地震の被災地で奮闘している医療従事者の方々からの情報発信、および被災地で役立つ医療・保健情報の収集に努めています。これらを、被災地の医療現場に還元することで、及ばずながらも被災者を支援していきたいと考えています。

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