既にニュースなどでも報じられていますが、死因の9割以上は溺水死でした。加えて、気仙沼市では震災直後に大きな火災があったため、焼死の方も少なくなかったです。

いわき市では診療のシステム化が進む 
 気仙沼での支援と視察を終え、いわき市に入りました。いわき市に入ったのは、これで3度目です。いわき市は、一部が福島第一原子力発電所から30km圏内に含まれています。見えない被曝への不安を感じている人は依然として多く、卸売業の方が「福島県産のものでなくても、いわき市を経由しただけで売れなくなる」と嘆いているのを聞いて胸を痛めました。

 ただ、いわき市への物流はだいぶ回復していました。私はいわき市内の競輪場に泊まったのですが、医薬品、食糧、水などの支援物資が備蓄されており、コンビニエンスストアもぽつぽつとですが開店していました。とはいえ、支援物資を実際に必要としている方々までは、円滑に届いていない例もあるようです。一つ解決すると、その先で解決していなかったことが明らかになるので、なるべく早く解決できればと思います。

 診療体制についても、いまは3、4チームが順番に市に入り、効率よく避難所の巡回や診療に当たるというシステム化した診療体制が構築できつつありました。地元医療機関で診療を再開するところも増えていました。診療の引き継ぎでは、情報共有のために赤(要治療)、黄(要注意)、白(要観察)のカードを使っていました。患者の様子に合わせて色分けされたカードを渡し、問診情報などを記録して患者に渡します。次に診療するチームは、患者の持つカードを見て診療できるわけです。

 震災直後には100以上あった避難所の数も少なくなり、医師が避難所を転々として診療していたときに比べて、ずいぶん診療がスムーズにできるようになったと思います。

 水の問題も解決に向かっているようでした。25日にはいわき市医師会館のトイレも水で流せるようになりました。市内にはまだ断水しているところもあり、復旧には4月いっぱいかかるそうですが、それでも震災直後の「いつになったらどこまで復旧するのか分からない」という状況は脱したように感じました。ゆっくりですが、復興のプロセスに入ったのは間違いないと思います。

 とにかくすべてが逼迫していた状況を抜けたことで、今後は被災者の方々の公衆衛生面での支援が重要になってきています。避難所で食事は1日3回摂れているのか、水は飲めているのか、1人当たりスペースはどれくらいか。ストレスや感染症のリスクを考えると、1人当たりスペースは4m2は必要といわれていますが、中にはそうした環境が確保できていないところもあります。今後、そうした状況を医療者が見付けて、対処していく必要があるでしょう。また、被災者の方々のメンタルケアについては、これから一層重要性が増すはずです。

 今回の現地入りで、私は自分の医療支援に一度区切りを付け、福岡に戻ります。ただし、区切りは終わりを意味するわけではありません。自分が3度にわたって現地でしてきたことを振り返り、また日医のJMATとしての活動も検証し、今後の災害医療支援はどうあるべきかを考えたいと思います。

 夏頃には一度、家族を連れて東北地方の沿岸部を回りたいと思っています。自分の家族にも、自然災害の恐ろしさ、そこで自分が何をしてきたのかを話したい。現地に足を運び、そこでお金を遣うことで、また復興支援につながればうれしいです。

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 日経メディカル オンライン(NMO)では、東日本大震災の被災地で奮闘している医療従事者の方々からの情報発信、および被災地で役立つ医療・保健情報の収集に努めています。これらを、被災地の医療現場に還元することで、及ばずながらも被災者を支援していきたいと考えています。

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