3月11日に発生した東日本大震災により、依然として15万人以上が避難生活を送っている。避難所では、新たにインフルエンザや感染性腸炎などの感染症が拡大するリスクが懸念されており、医療ニーズは日々変化している。

 姫野病院(福岡県八女郡)救急総合診療科部長で、日医災害救急医療対策委員会の委員を務める永田高志氏は、3月23〜25日、医療支援と現地活動の評価の目的で、宮城県気仙沼市と福島県いわき市に入った。永田氏にとって、震災後の被災地入りはこれで3度目になる。
(まとめ:二羽はるな=日経メディカル)


 3度目の今回は、宮城県気仙沼市と福島県いわき市に行ってきました。目的は医療支援と現地活動の評価や視察、情報収集です。まずは、宮城県気仙沼市に入りました。

 気仙沼市での私の視察の目的は、複数の医療チームが混乱なく診療に当たれているのかと、死体検案を担う医師が充足しているかの確認でした。同市では、気仙沼市立病院を拠点に、日本医師会災害医療チームJMAT)のほかに、都内の大学病院や大病院、また別の医療団体から派遣されたチームなど20チーム以上が支援活動をしていました。様々なところから医療チームが来るため、統率は図れているのか、現地のニーズに対して医療チームが過剰なのではないかという懸念がありましたが、結論から言うと、現地のニーズに対して過剰ということは決してなかったです。

 現地では、東京都医師会が地元医師会と協力して、出身の異なる複数の医療チームの指揮に当たっていました。状況に合わせて市内を16のエリアに分け、各医療チームを割り当て、支援を進めていました。東京都医師会は新潟中越沖地震でも積極的に医療支援を行うなど現場経験が豊富で、その指揮は適切だったと思います。

 ただ、被災地では医師会の指揮の下で動くということになっていたJMATとは異なり、大学や病院、医療団体から派遣されたチームには、そのチームとしての考えや動き方もあります。今回は東京都医師会の指揮の下で動いてもらいましたが、いろいろ難しい部分もあったようです。今回明らかになった問題点については、医療界全体で今後改めて反省・検証していく必要があると思います。もちろん、日医としても、振り返りの作業が必要だと感じています。

空きベッドの確保のために患者をヘリ搬送
 24日には、気仙沼市立病院に入院中の中等症患者の広域搬送を支援しました。同病院は気仙沼市の中核的な役割を担っています。軽症患者や急を要さない患者は周辺の避難所で診療を担当し、救急診療などは同病院で受け持つ形で機能を分担していたのですが、とうとう入院ベッドが満床になってしまいました。

 一方で、避難所ではインフルエンザや感染性腸炎の流行の兆しがあり、このままではこうした患者を病院で受け入れられない可能性が出てきました。そこで、気仙沼市立病院のベッドに空きを作るため、ヘリコプターでの搬送に耐えられる中等症の患者39人を東北大に搬送しました。手際よく進められたので、3時間もかからなかったと思います。

 医療ニーズは日々変化します。広域搬送は一般的にはDMATの役割ですが、今回は今後起こり得る感染症の流行に対して、DMATの業務を応用して入院可能な環境を整えるという先手を打てました。

 午後には死体検案を手伝わせてもらいました。岩手県、宮城県では、死体検案のできる医師が不足しており、日医でも120人ほどの医師が支援に当たっています。私が行ったのは、気仙沼市の小学校の体育館です。

 体育館には、約150体のご遺体が安置されていました。遺体の回収は、被災後3日〜1週間までに高いピークがあったとのことですが、いまもなお、毎日新しい遺体が収容されているそうで、私がいる数時間の間にも新たに2体収容されました。もうすぐいっぱいになりそうでしたが、市周辺にこうした遺体安置所が7カ所あるとのことでした。