3月11日の東日本大震災の発生時、八戸市立市民病院救命救急センターで勤務に当たっていた今明秀氏。同センターはドクターヘリやドクターカーが配備され、災害派遣医療チーム(DMAT)として稼働できる部署。地震発生以降、どのような状況に直面したのか、今氏の許可を得て掲載する。

 八戸市民病院救命救急センターのスタッフブログ「青森県ドクターヘリ スタッフブログ」http://doctorheli.blog97.fc2.com/


写真1 携帯電話に届いた、厚生労働省医政局DMAT事務局からのメール。

●震災7日目のDMAT終了宣言
3月17日、震災7日目、東北地方へのDMAT出動は終了宣言が出されていた。
今後は内科や精神科の診療が必要になるので、彼らにうまく引き継ぐことが重要だ。
DMATの必要はなくなったが、医療班などの必要はむしろ高まっている。

日本医師会から、津波で亡くなったご遺体の検案に協力できる医師の募集が来た。
八戸救命救急センターから安部医師が早速応募した。
震災には様々な医師の協力が必要だ。

●出動の迷い
震災7日目の夜は遅い帰宅だった。
院内では圏外の携帯電話に、「厚生労働省医政局DMAT事務局」からメールが届いていた。

件名:DMAT待機要請について

福島県からDMAT派遣要請がありました。
つきましては派遣に応じることのできるDMATは、
EMIS(広域災害救急医療情報システム)に待機登録をお願いいたします。
福島第一原発事故のために20〜30km圏の医療継続が困難になり、多数の患者の生命が危機的状況になりました。これを受け福島県からDMATの派遣要請が出されました。
当初の地震とは別に新たな災害が発生したものと解釈しています。
域内の患者を広域医療搬送することを主目的にDMATの派遣を要請するものです。
なお活動域は30km圏外を想定しています。

厚生労働省医政局DMAT事務局

短い文章の中に緊張が感じられた。

しばらく考えた。
私が出動を誘ったら、部下は断れないのではないか。

しかし、出動すると決めた。
23時、DMAT隊員へ電話したが、繋がらなかったりで色よい返答は得られなかった。

病院で当直中の明石医師にも電話を掛けた。
「翌朝の出動を考えて、放射線防御とDMAT、両方の装備を用意してくれ。自分を含めて3〜4名で出動する予定。それまで、君も出動できるか考えてほしい」

1時には院長に電話した。
「非常に緊急性ある、重要なDMAT出動です。放射線問題のため、国内のどのチームも躊躇しています。現段階で目標20チームの半分も満たせていません。出動の許可を下さい」私。
「必要性は分かるが危険すぎる。危ない場所へは出せない。他に希望者はいるのか?」院長。
「今のところ、私だけです。朝になって連絡がつけば、もう少しいるかも知れません」私。
「メンバーが集まったら、出動してよろしい。安全には十分配慮してくれ」院長。

そのメールによれば、集合は翌日正午に福島県庁だ。
妻、娘、息子に、福島原発30km圏内へ近づく可能性があると告げた。
「お父さん気をつけて。がんばってね」と娘。

私はいつもより早い朝7時に出勤した。