3月20日日曜日
 ご協力ありがとうございます。次々と応援メールが入ってきております。
小児科については、相馬市内の子供の数が激減しており、お薬不足については、まだ心配しなくてよさそうです。一方、オムツやミルクの配給や、アレルギー対策などが当面の問題です。福島県立医科大学の応援体制もあり、むしろ今後はPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの長期的な問題が重要になりそうだとのことでした。

 公立相馬病院の産婦人科には高齢の先生がお2人おられますが、先の出産は、助産師さんがとりあげたようです。助産師さんの不足により、産婦人科のフル稼働は難しく、開業されている市内の産婦人科では、決死の思いで、妊婦さんを福島まで搬送したそうです。 

 やはり、病院崩壊につながる最大の問題は、原発の風評です。 
南相馬市立総合病院に残っている勇気ある看護師さんからのお話では、若い看護師さんや職員が原発事故の恐怖におびえ、子供を守るためにと避難していくのを止めることはできなかったそうです。入院患者さんのため、スタッフは孤立状態の中がんばっていますが、「自分は踏みとどまろう」と覚悟を決めているはずなのに、毎日1人ずつ立ち去っていくのを見ると、心がくじけそうになるそうです。

 仕事量が増え、食料、燃料、医薬品が届かず、そして原発の不安もあり、ギリギリの状況で働いています。

 病院という現場は、医者だけが残っていても機能せず、看護師さんをはじめとする様々なスタッフがいてこそ医療ができるのです。医師だけでは、患者さんの介助やおむつ交換などまではできないでしょう。 

 相馬市内の老人ホームでも、職員の3分の1が相馬から避難していき、残されたスタッフにかかる負担は限界を超えています。100人近い高齢の入所者を残し、入所者の家族は先に避難してしまったそうです。我慢というトンネルのゴールが見える状況なら、人間は耐えられるのに、いつまでも原発の不安な情報しか流れてこないので、 みんな心がくじけてしまう、と話していました。 

 なぜか相馬市には報道関係の車両も見られず、現時点でマスコミは1社も取材に来ていません。これも原発の風評被害でしょうか。どうにかして現場の真実の状況を伝えたいと思います。ガソリンや食品、生活物資も当然不足していますが、相馬に若い力が戻ってくるために今一番必要なのは、住民に対し、原発の正しい情報を提供すること、そして原発についての安全宣言です。


3月21日月曜日
 昨日もまた、原発3号機のトラブルについて放送がありました。残された相馬市民は、いつまでも目に見えない被害におびえています。それにしても、次から次へと原発のトラブルは続きます。それに反し、テレビのニュースではそれほど扱われなくなってきました。物珍しい時期を過ぎると、ニュースとしての価値が無くなってしまうのでしょうか。

 原発事故のリスク・マネジメントはどうなっているのでしょうか。
相馬には、原発の下請けで働く人たちもたくさんいます。
命からがら逃げてきた人や、中に取り残されて、いまだに原発内で働いている人もいます。家族の気持ちを考えると早く安全な状態にして助け出してあげてほしいと祈るばかりです。
 
 南相馬市には現時点で約2万人が残っており、この地区での医療を危機的状況から救うには、南相馬市へ救援隊が直接入り、医療関係者も、物資も直接送り込むことが必要です。原発30キロ圏には、今回の津波も届かないような、とてつもなく高い“見えない堤防”があり、救援を進めてもらえません。他地域から来た医療関係者が周辺地区に派遣されても、おそらく南相馬の医療を救うことはできないでしょう。むしろ隣の地域の病院までもドミノ倒しのようにつぶれる結果になりかねません。

 避難所では、ゴミの中に支給のおにぎりが目立つようになったそうです。
宮城や岩手の避難所の様子はテレビでも放送されていますが、福島の浜通り地区の状況は伝えられません。

 放射線被害で地元の作物を出荷できず、公立相馬病院には大量のイチゴや野菜が寄付されてきました。開店しているスーパーとガソリンスタンドには人々が行列していますが、相馬の街中は人通りもまばらです。外出する人は、被曝防止のためにマスクをしてコートをかぶり、足早に通り過ぎていきます。

 今日も絶え間なく起こる余震の中から送信します。