宮城県・気仙沼湾に浮かぶ大島では、多くの住宅が津波で倒壊した。大島の人口約3000人のうち、1000人は地震発生時に島を離れていたとされるが、死者や行方不明者は30人以上に上るという。震災から1週間あまりで自衛隊による飲料水や軽油、薬剤などの搬入が始まったが、現在も島内の避難所で1000人以上が過ごす。

 ライフラインが完全に途絶えた中、大島医院院長の山本馨氏は島外から支援が来るまでの間、たった1人で患者の診療を行った。3月23日に電話で取材した内容をまとめた(聞き手:日経メディカル=内海真希)。



 津波で、大島の船着場辺りは全滅です。船やフェリーが丘の方まで乗り上げています。医院は倒壊しませんでしたが、中はめちゃくちゃになっています。僕は避難所ではなく、医院の裏にある自宅に妻と二人でいます。

 患者さんは慢性疾患の人が多く、急性疾患は少ないです。急性疾患としては、おそらくストレス性の胃潰瘍による吐血・下血と、心筋梗塞、急性虫垂炎がありました。この3人については、自衛隊にお願いしてヘリで本島の病院に送ってもらいました。外傷の患者さんは少なかったですが、地震の直後、津波で海に流されて、流れてきた材木でお腹を打って内臓破裂を起こしたおばあさんがいました。

 震災で慢性疾患の治療薬を紛失した人が多く、薬が足りなくなることを懸念していましたが、震災発生から5日目の3月16日に、「国境なき医師団」が島に入って、薬を補充してくれたのでだいぶ助かりました。その2日後くらいに、気仙沼市立病院と神奈川県、東京都の病院から応援の先生が来てくれて、それまで僕1人で対応していたのが、3人くらいの体制になりました。応援の先生方は、避難所である小学校や気仙沼市大島開発総合センターを回っていて、診療所には僕が残っています。僕は24時間対応するようにしていますが、幸いにも夜起こされたことはこれまでありません。

 震災発生から10日たって、自衛隊のヘリも薬を運んできてくれたので、それまで4日分しか出せなかったのが2週間分ずつ出せるようになりました。患者さんたちは、診療所に歩いて来る人もいるし、自転車に乗せられて来る人もいるし、1台の車に何人かで乗り合って来る人たちもいます。ガソリンは一般にはまだ出回っていません。

 今回分かったのは、離島に島外からの本格的な医療支援が来るまでには、震災発生から10日はかかるということ。薬が補充され、応援の医師が来てくれるようになって、だいぶ落ち着きました。今してほしい支援の内容については、気を張っているからかもしれませんが、具体的にはすぐに思い付きません。状況が落ち着くまでには、1カ月はかかると思います。

【編集部からのお願い 被災地の状況をお知らせください】
 日経メディカル オンライン(NMO)では、東北地方太平洋沖地震の被災地で奮闘している医療従事者の方々からの情報発信、および被災地で役立つ医療・保健情報の収集に努めています。これらを、被災地の医療現場に還元することで、及ばずながらも被災者を支援していきたいと考えています。

 被災地で尽力されている医療関係者で、現地の状況についてお伝えいただける方、また、被災地での医療対応に役立つ情報ソースをご存知の方は、ぜひ下記まで情報をお寄せください。その際には、もし可能であれば、勤務先の医療機関名や専門科目、掲載の可否(内容やご氏名など)についてもご記載いただけますと幸いです。

 大変な時ですので、ご無理のない範囲でご協力ください。どうぞよろしくお願いいたします。

◆情報はこちらにお寄せください(メール)
◇もしくは、こちらからお願いします(お問い合わせフォーム)

◆この記事への応援コメントは、右下の「コメントする」をクリックしてご入力ください