夜になり、ダイレクトブルーPHSが鳴った。
丸橋医師は救急バッグを持って、八戸ER前の、ドクターカー1号ラブフォーに飛び乗った。
私もいっしょに乗る。
この少しまえ、ドクターカー2号エスクードは、岩手県にDMAT出動していた。
寝袋を持ち、医師3人、看護師1人、調整員1人で。

ドクターカー1号は、真っ暗な八戸市内を走った。ほとんどの信号機は停電で点いていない。
大きな交差点のみ信号機は健在だった。
国道45号線は、車で渋滞していた。マイクを使い、車に注意を喚起した。
途中、緊急走行の救急車とすれ違う。
「あれっ、あの救急車?」無線で呼びかけたが、別事案の救急車だった。
停電の中で、患者を収容できるのは、自家発電を備えた大病院だけ。
あの救急車も八戸ERへ向かうのだろう。

次に、救急車の赤色灯が200m先に見えた。
ドクターカーのドライバーは、アクセルペダルの踏み込みを緩めた。
救急車は、中央分離帯の向こう側を南下してきた。男性を救助した救急車だ。
我々は、分離帯のこちら側を北上。
20m進んですれ違ったが、次の交差点で、ドクターカーは救急車を追うべくUターンした。

ちなみに、左路肩に停車したその救急車は、まだ真っ白のボディーだった。
これから果てしなく続く災害救急の予感はまだこの時点ではない。
テレビでは、盛んに宮城と岩手の被害を告げていた。
2日後には、白いボディーの救急車が泥とすすで灰色に変わることを誰も予想していなかった。

ラピッドドクターカーは、救急車の後ろに停車した。
2車線の国道はいったん封鎖された。
丸橋医師は左前ドアから、私は、後ろドアから救急車に入った。
入れ違いに、家族が救急車から降りる。
救急隊は、いつもとおりに家族をドクターカーに誘導する。

「救急隊接触時、意識レベルはようやく開眼するJCS10です。しかし車内収容でCPA(CardioPulmonary Arrest;心肺停止)、心電図波形はPEA(Pulseless Electrical Activity;心電図波形はあるが、脈が触れない状態)です。CPR(CardioPulmonary Resuscitation;心肺蘇生法)継続。体は冷たく、偶発性低体温症によるCPAと考えました。血管確保できませんでした」と隊長。

「CPR継続、丸橋医師は気道を確認して」私。
「ラリンゲアルチューブで胸の上がり充分です」丸橋医師。
「瞳孔、首、胸の所見をとって」私。

私は、輸液路確保のため右腕にゴムを巻いた。
しかし、救急救命士がいうように、血管は浮き出ない。
ためしに、針を刺す。失敗。
左にも試みる。失敗。
「丸橋先生、ダメだ。ラインがとれない。内頸静脈を穿刺して、こっちは鼠径からやる」。
車の出発を隊長に上申した。
16G針とシリンジを丸橋医師に渡した。
私は揺れる車内でズボンを切って鼠径部を出す。
鼠径部にあった皺の2cm上で、陰毛の生えている辺りを狙う。
経験から、この辺をと言う具合で。
うまく行った。
暖めた輸液を全開で開始した。
アドレナリンを注射する。
そしてCPRは続けられた。