2011年3月19日 9時44分のメールから
 TVやネット上でも今回の被災地に対し多くの励ましや援助をいただいています。

【その1】昨日3/18沖縄の沖縄県立南部医療センター・こども医療センターより60数箱分の援助物資が新潟空港経由で届きました。お米を含む食品、おむつやミルクやペーパータオルなどの日用品、そして不足している薬剤、医療用消耗品などです。さらには新潟の人たちが、援助に向かうトラックに新潟コシヒカリで作ったおにぎりを積んでくれて、手を振って見送られたそうです。

 この援助は、当院の若い研修医が奮起しネット上で医師仲間と連絡を取り合い、事細かく必要物資をリストアップした上で沖縄の研修医が、病院幹部に掛け合って実現したものです。国や県の主導のみに頼っていたのではこのようなことが実現することはあり得ません。個人個人もネットワークなどを駆使して努力しています。

【その2】同級のF君が○県のこども病院の新生児科部長をしていますが、震災直後に真っ先にメールをくれました(震災日は一時的にインターネットがつながっていたのです)。その後ネットが回復してから連絡を取り合い、当院だけでなく、被災地近くの最前線の病院の状況を伝えていました。

 そんなこともあり、20日には宮城県の石巻赤十字病院へ○県医療救護班が2泊3日で来てくれることになりました。F君も自らメンバーに加わり、来てくれるそうです。頼もしい同級生です。

 さらに、昨日(18日)○県立こども病院の会議で、当院に直接、救援物資を送る事案が決定したとのことです。うれしいことです。早速事務の物資の担当者とともに必要物品を選定し、リストを送らせてもらいました。

 その他、名古屋の医療機関からも仙台市へ米が1トン届けられることになりました。ほかにも書ききれないほど各方面から援助をいただいています。

 病院の機能は少しずつ回復に向かう兆しが見られます。電力は最小限ですが、CTなどもおこなえるようになりました。固定電話も回復し、情報交換が格段に取りやすくなりました。連日雪が降り、氷点下の寒さだったのに暖房がありませんでした。それが少しだけ回復しました。

 病院の中ではみな、ジャケットやコートを着て仕事をしています。周辺のクリニックも少しずつ診療を再開し始めたので、救急患者さんだけでなく当院に通院している患者さんの診療が行えるようになってきました。薬剤については、まだまだ不十分ではありますが徐々に納入されるようになってきました。いまのところ、抗痙攣剤、降圧剤、抗癌剤でも最大限1週間しか処方できません。

 食料は不足していますが、さまざまな食品の業者から援助が来ます。先日紹介した地元企業の「伊那食品」もそのひとつです。

 私の両親はまだ細々と食品の問屋(おもに学校給食関係)をやっていますので、流通が少し回復してきた機会を狙って、病院の給食用の食材を段ボール5箱分発送してくれました。しかし、個別の配送はできないため、わずかに残ったガソリンを使って自ら配送センターへ取りに行かなくてはなりません。

 配送センターのすぐ鼻先の500mほど海側には、津波で損害を受けた街が無残な姿をさらしているそうです。明日あたりに見に行ってみます。

 震災より時間が経つにつれて、職員達の心理状態が変化してきました。ちょっとしたことで泣き騒ぐ、といった例も出始めました。このタイミングで、脳神経外科医のG君が「災害時の心のケア」に関するPowerPointのファイルを送ってくれました。早速職員に配布し、心理療法士の方を中心に対応してもらうことにしました。G君の資料は、リハビリ科の先生から賞賛されています。

【編集部からのお願い 被災地の状況をお知らせください】
 日経メディカル オンライン(NMO)では、東北地方太平洋沖地震の被災地で奮闘している医療従事者の方々からの情報発信、および被災地で役立つ医療・保健情報の収集に努めています。これらを、被災地の医療現場に還元することで、及ばずながらも被災者を支援していきたいと考えています。

 被災地で尽力されている医療関係者で、現地の状況についてお伝えいただける方、また、被災地での医療対応に役立つ情報ソースをご存知の方は、ぜひ下記まで情報をお寄せください。その際には、もし可能であれば、勤務先の医療機関名や専門科目、掲載の可否(内容やご氏名など)についてもご記載いただけますと幸いです。

 大変な時ですので、ご無理のない範囲でご協力ください。どうぞよろしくお願いいたします。

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