●3月15日
17:43
ただいま八戸に帰りました!ドクターヘリにて帰還、というド派手なエンディングでDMAT出動は幕を閉じました。今日の活動状況は…、目まぐるしくて整理がつかないので、また改めて。


●3月16日
1:02
本日(3月15日)の活動報告。

朝7時過ぎに久慈病院を出発。前日と同じルートで野田村〜普代村を通過して、8時過ぎに田野畑村へ。走行中から感じていたが、国道沿線は高地にあって見た目にも被害なし。役場の災対本部に挨拶すると丁寧に応対いただき、携帯電話入感ポイントまで教わる。

薦めに従い診療所を訪問して川崎医師に避難者の詳細を伺うと、田野畑村は沿岸部と高台に分かれ、前者の住民が多い。高台は無傷。沿岸部は犠牲者50名で、残り400名を高台に掬い上げ避難中。処方も把握しており薬剤も在庫あり、高台の親戚宅に戻している。今日も回診は済んだ。それよりも、患者のやり取りがある岩泉町が困っているようだから行ってみてほしい、と。

岩泉町は今までノーマークだったが、予定変更して訪問することに。行ってみると、こちらも高台で町は良く機能している印象。基幹病院は済生会岩泉病院で、訪問すると丁重な対応で会議室に通される。事務長、外来看護師長、社協の責任者、保健師などが勢揃いしての説明によると、町内3箇所の避難所に、合わせて400名程度収容。ほとんどは沿岸の小本町住民。宮古病院の通院患者が多く服薬情報も不明で、対応に苦慮している。岩泉病院もマンパワーなく避難所巡回できず、ちょうど本日直談判に来たところ。

渡りに船、ということで本日のみ避難所の巡回診療を引受ける。しかし行ってみると、元気な者は流れた自宅を訪問するため外出しており、残された動けない高齢者に、顔見せ&服薬確認&血圧測定の巡回を繰り返す。

巡回を終えて岩泉町から宮古に向け、山道を進み、12時過ぎに宮古市内へ到着。道路上に漁船が乗り上げるなど、沿岸部の繁華街は被害が大きい。市街地および病院前駐車場は Docomoが入感するが、院内は衛星電話のみ。宮古病院内は災害モードで秩序が成立していたが、統括本部は混乱していた。重症者を院外に航空機搬送する予定が、連絡や調整が錯綜しているとのこと。

病院は一部リソースで備蓄が不足するものの、現時点で機能は保たれている。急性期外傷患者はほぼ搬出済み、内因性疾患など含めた重症者を搬出中(混乱)。北の田老町は黒田医師が奮闘中、南の山田町は町立病院が機能不全で患者搬出予定。

我々の担当は診療支援としてのER担当で、担当時間は4時〜8時。そのまま待機となったが、千葉の同期である黒田仁医師の陣中見舞いに田老町へ向かう。

田老町の中心部は壊滅的被害で、瓦礫の残骸を縫って緊急車両が徐行する状態。通行中にも遺体が発見されたり、残骸の中から生活物資を探る住民など目撃。避難所であるグリーンピア田老と宮古北高校を訪問し、後者で面会に成功した。傷だらけの革ジャンを白衣にまとい、やつれた顔で忙しく働く黒田医師。鬼気迫る雰囲気で動く彼に、休むようにと声を掛けることもままらならず。

宮古病院に戻ると、DMAT要請にて宮古病院へ青森県ドクターヘリが飛来予定とのこと。八戸市民病院に電話をすると、この機会にスタッフを入れ替えるよう指示あり。

16時35分、青森県ドクターヘリ着陸してスタッフ交代して離陸、そのまま八戸に帰還。

【編集部からのお願い 被災地の状況をお知らせください】
 日経メディカル オンライン(NMO)では、東北地方太平洋沖地震の被災地で奮闘している医療従事者の方々からの情報発信、および被災地で役立つ医療・保健情報の収集に努めています。これらを、被災地の医療現場に還元することで、及ばずながらも被災者を支援していきたいと考えています。

 被災地で尽力されている医療関係者で、現地の状況についてお伝えいただける方、また、被災地での医療対応に役立つ情報ソースをご存知の方は、ぜひ下記まで情報をお寄せください。その際には、もし可能であれば、勤務先の医療機関名や専門科目、掲載の可否(内容やご氏名など)についてもご記載いただけますと幸いです。

 大変な時ですので、ご無理のない範囲でご協力ください。どうぞよろしくお願いいたします。

◆情報はこちらにお寄せください(メール)
◇もしくは、こちらからお願いします(お問い合わせフォーム)

◆この記事への応援コメントは、右下の「コメントする」をクリックしてご入力ください