●3月13日
12:35
石巻の状況が、やっとEMISに入りだしました。やはり災害では「便りのないのは悪い知らせ」です。12時現在、石巻市立病院250名孤立しているため域外へ搬送したいと連絡ありました。石巻赤十字病院:物品、人員不足。

21:40
緊急にDMAT出動が決まり、現在、岩手県久慈市に来ました。これから近隣の野田村の避難所へ向かいます。

22:22
既に状況は急性期を過ぎて亜急性期に入っており、緊急医療・救助というよりも、避難所巡回になりそうです。こういう状況なら、家庭医も役に立てそうですね。

22:35
ちょうど今、吉岡勇気先生から電話が入って話しましたが、DMAT活動を1週間まで延長するのは、亜急性期の活動を視野に入れてのことだろうと考えています。南三陸町をはじめ、自治体機能がまるごと壊滅してしまった地域では、亜急性期活動を担う担当者がいないのが実情と思います。日赤救護班にしても、地域の保健師にしても、おそらく充足困難でしょう。

従って、本務とは違いますが、あと2〜3日程度はDMAT隊が亜急性期活動を担当するのもやむなしかな、と受け止めています。


●3月14日
16:39
本日、久慈病院から野田村および普代村へ出動した。

(野田村)役場および周辺の商店街が津波の影響を強く受け、泥と瓦礫(がれき)が溢れている。家屋倒壊は少ない。自衛隊などが撤去作業中。役場の2階に災害対策本部あり。津波浸水地域。役場の2階をはじめ、10箇所の避難所があり、大半は昨日までに医療チームが巡回済み(県立久慈病院、奈良日赤、ほか)。

本日、医療チーム未派遣の避難所(新山保育所、消防団屯所2階、海蔵院、ことぶき荘)および派遣済みの避難所(県立久慈工業高校、野田中学校、その脇の公民館)を巡回した。緊急性ある患者は少数のみ。いずれも県立久慈病院へ搬送可能だった。なお、巡回中に津波警報が発令され、高台の工業高校で待機したが、警報は解除された。

(普代村)村役場の災害対策本部までの行程はほとんどが高地で、津波の被害は低地や港湾に限られていた。特に商店街や村役場には外見上、被害を認めない。ただし、固定・携帯とも電話は不通。

災害対策本部によれば、本村と大田名部の2集落とも水門が機能して港湾のほか水害なし。避難も迅速に行われ人的被害は少なく、船を見に行って津波に飲まれた1名と、村外で被災して連絡がつかない8名のみ。本村の診療所も機能しており、停電のため夜間のみ避難所に38名入るが日中は帰宅できている。

なお、普代村から南は、田野畑村まで安全に陸路で到達可能。さらに内陸部を迂回すれば宮古まで到達できるとのこと。岩手県災害対策本部からも要請あり、明日また南進して状況確認に向かう。

20:13
今日の活動を振り返って、通信の重要性を痛感。普代村の災害対策本部には、久慈広域消防・自衛隊(所属不明)・栃木県の緊急援助隊が2日前?から入っていて被害情報を把握していた。通信手段が衛星電話しかなく、何らかの経路で被害情報を上申したとのことだが、県の災害対策本部は把握できていなかった。自衛隊の通信網は強力なはずなのに、なぜ?

歯がゆいばかりの石巻や宮古の状況に対しても、推測はできているのに、報道ヘリばかり飛んでいて、救出に向かう自衛隊ヘリが飛び始めたのは報道ヘリの後追い…。

21:35
宮古病院から撤収した、埼玉医科大学国際医療センターDMAT隊の大谷医師より、宮古病院の状況を聴取。

とにかく通信状態が悪く、情報が伝わっていない。発災から500名ほど搬送され、赤タグはうち1割程度。病院の常勤スタッフは疲弊しきっているが、昨日あたりからは内因性の患者が主体に。宮古北部の田老、南部の山田とは交通遮断状態が続いていたが、本日あたりに交通が確保された模様。特に田老町は最大2000人が避難しており、明日には大量の外来診療や診療所巡回が必要となりそう。

DMATは現在4〜5隊が残留(DMAT掲示板では2隊のみ)、充足とは言えないが日赤や国立病院機構の慢性期支援という話も出ていない。

以上から、明日は宮古まで入ることを目標に移動することを決定。宮古まで届けば外来診療など支援して、翌日に離脱か。