3月11日の東日本巨大地震の発生時、八戸市民病院救命救急センターで勤務に当たっていた今明秀氏。同センターはドクターヘリやドクターカーが配備され、災害派遣医療チーム(DMAT)として稼働できる部署。地震発生以降、どのような状況に直面したのか、今氏の許可を得て掲載する。

 八戸市民病院救命救急センターのスタッフブログ「青森県ドクターヘリ スタッフブログ」http://doctorheli.blog97.fc2.com/


●東北関東大震災その5 米軍からの支援 2011年03月16日 20:47

八戸市立市民病院には、外国人が多く受診します。
その理由は、キリストの墓の存在ではありません。
三沢米軍基地がそばにあるからです。
米軍基地病院には、集中治療室がなく、CTもありません。
だから、たびたび八戸市立市民病院救命救急センターに患者が運ばれてきます。

この震災の間も同様です。
発災の翌日でした。
病院は電力停止と酸素停止におびえているときでした。
CT撮影を米軍に依頼されたのです。
八戸市立市民病院救命救急センターでは、電力節約に努めていましたが、CT検査はフル稼働です。
ここでCT撮影しないと、100Km先の青森県立中央病院まで患者を送ることになります。
その間の病院では、停電でCT室は使えません。
この地域では当センターのみ、自家発電で、CT室を動かしています。

赤坂医師が電話を受けます。
英語で「受け入れOKです」。
幸い、患者は重症ではありませんでした。
患者は米軍基地に帰ります。
帰り際に、ついてきた米軍医師に千葉医師が言いました。英語で。
「CT撮影はいつでも受けます。ただし、電力が持ちません。自家発電用の重油があと数日です。
いまのところ、重油確保の目途が立ちません。
ぜひ米軍から重油のおすそ分けをいただけませんか」。
米軍医師は上司に相談するといって、派手な、大きな米軍救急車で三沢へ帰りました。

その3日後です。
重油が残りあと2日に迫った日でした。
院内災害対策会議で事務局長から、
「米軍から、重油の寄付の話が出ました。一体誰が頼んだのでしょう。ありがたいことです」。
私は、まさかあのときの会話がきっかけだったとは思いませんでした。

数時間後、院長からPHSです。
「(米軍が)CT撮影を今後もよろしくお願いしたいといってきた。
重油危機のことを病院から聞いて、『ひと肌脱い』だらしい」。
米国人も「ひと肌脱ぐ」。
何しろ、今回の震災に手を差し延べる作戦名は“Operation TOMODACHI”「ともだち作戦」。

電力低下の危機はいったんなくなった。しかしその先の展望は見えない。
災害がいつまで続くのか。
相変わらず余震は多い。八戸市内の津波被害地域では、停電がつづく。
月曜は津波でまた避難通告が出た。
車を走らせるガソリンが底をつき、衣料、医療、すべてのものの物流が停止している。
給食、薬剤、手術材料、寝具、すべてが一週間以内に在庫切れになる。
補充の目途はつかない。

ここは被災地の救命救急センター。
敵は、地震と津波ではなく、電力停止と酸素停止。
救援を待つ場所の遠さではなく、出動をためらう決断の遅さ。

強靭な肉体と精神力、クールな頭脳でこの災害に勝ってみせる。

・・・・

(●2011.3.16.19時追記 電力復旧、重油調達の目途あり。酸素は、函館と酸素会社から補充の目途あり。しかし、給食、流動食、手術器材の目途はまだ)

(●2011.3.17.21時追記 主な医療器材は業者、青森県、函館市から支援いただき、1週間分の補充のめどがつきました。一部分はまだです)

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【編集部からのお願い 被災地の状況をお知らせください】
 日経メディカル オンライン(NMO)では、東北地方太平洋沖地震の被災地で奮闘している医療従事者の方々からの情報発信、および被災地で役立つ医療・保健情報の収集に努めています。これらを、被災地の医療現場に還元することで、及ばずながらも被災者を支援していきたいと考えています。

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