7月18日早朝に105歳で亡くなった日野原重明氏は、早くから予防医学の重要性を指摘していた。「生活習慣病」の名付け親でもある。1985年当時のインタビューに日野原氏は、患者との信頼関係をつくるためには「言葉」が大切であることを強調した。30年以上たった今も、同氏の指摘はいささかの古さも感じさせない。
※初出:日経メディカル1985年2月号、聞き手は盛宮喜=日経メディカル(当時)


日野原重明(ひのはらしげあき)氏○1911年山口市生まれ。37年京都帝大卒。41年より聖路加国際病院に勤務、70年「よど号ハイジャック事件」に遭遇、74年聖路加看護大学学長、84年聖路加看護学園理事長、92年聖路加国際病院院長、96年から聖路加国際病院名誉院長、聖路加国際病院理事長。2000年「新老人の会」設立。2017年永眠。享年105歳。

―― 患者指導のコツなんですが…。

日野原 一番いけないのは抽象的な言葉。昔使った「成人病とは」という説教をいくらしても分からない。分からないような言葉を使わないこと。だから、私は、習慣病だと名称を変えたのです。習慣がつくる病気を昔はすべて成人病と言ってきたわけです。子供のときからの習慣が悪ければ、成人病と言われた高血圧、心臓病、心筋梗塞、胃や腸の癌のような病気が発生する。だから、習慣を変える。そうすると、そういうふうな病気を防げる、あるいは悪化させない、というふうに言うと、分かるでしょう?

―― 分かりますね。

日野原 多くの医学用語は非常に抽象的過ぎる言葉だから、実感がわくような言葉に変える。それが患者指導のコツです。素人の言葉で説明する。これをプロの言葉では説明しない。「尿失禁」は「尿もれ」という。

―― 患者指導のポイントが一つ出てきたわけですが、次に心がけるべきことは?

日野原 医者はせっかちで、説教から始める。「あなた、こういうことしちゃだめですよ」と言う。そうでなしに、患者に質問させる。高血圧だといったら、「あなたはこの病気についてどんなことが聞きたいか、食事のことでも何でも」というふうにまず聞くことが大切です。最初からこうしなさい、ああすると悪いなんて立て続けに言っても、当人は何にも覚えてない。自分の質問に対して答えたのは覚えている。先生が勝手に言ったことは覚えてない。

―― それこそ緊張しているわけですから。

日野原 帰って、主人が奥さんに、「おまえ、どう言われた?」と言っても、「そうね、先生はあれこれ言われて何も覚えてない」っていうことがある(笑)。でも自分で聞いたことは覚えているでしょう。聞かせるようにする。あるいは、遠慮して聞かなくなるというふうなポーズを先生がとっておれば、それは間違いだ。患者が質問をしやすいような先生になることですね。

 だから、私は診察のときにでも、しばしば白いガウンを着ないで診察することがある。何も危険な患者でなければ、それは背広の服のほうが親しみのある会話ができる。あの白いガウンで権威づけると良くないんだ。

―― それから、コンプライアンス(服薬の指示遵守度)の問題というのがございますね。

日野原 日本の医学の最もみすぼらしいのはそれなんだ。カルテに処方を書くでしょう。0.5 にしようか、0.6 にしようかといって、量をいろいろ。ところが、患者は飲むか飲まないかがあるでしょう? 全然飲まない場合は、0.5 でも0.6 でも意味がない
でしょ。半分飲んでも意味がないでしょ。それをカルテに書いてないんだ。出したものを飲んだというふうに、学会にも発表するわけだ。

 患者はね、「先生、実は飲んでないんですよ」って言えない。それをお医者さんが聞くと、具合悪いから「いや、飲みました」なんてごまかす人があるから、それを看護婦さんが「あなた、本当に飲んでるの?」って聞いて、「いや、飲みにくいよ」。「そう、それじゃあ、飲みやすいように変えてもらおうかねえ。そうですか、じゃ、どれぐらい飲んでるの?」。「いや、3分の1ぐらいは飲んでいるけど、あとは、1 週間のは3日でやめました」と言えば、それをちょっとカルテに書くか、先生に伝える。

 先生はしからないように。患者がどの程度服薬したかという記録がカルテにないと、意味がない。科学的ではない。

―― 正直に言えばいいですが。

日野原 正直に言うような関係をつくれば一番いいわけです。「先生、あれは飲めなかったんですよ。飲んだら、かえっておなかが痛くなった」とか、あるいは「忙しくてつい忘れてしまったんですよ」というふうにね。本当のことを言わないと先生の診断が間違うということを教えなくては。

―― 今までは、それをカルテに書いてないのが普通ですか?

日野原 普通でない、全部書いてないから。どの先生も書いてないからあえて。僕が知ったら、コンプライアンス2分の1と書く、0と書く、100%と書く。

 それで、私は時々お薬を渡さないんです。「じゃあ、また来月いらっしゃい」と言うと、飲んでない患者さんは、要らないから帰りますよ。テストを時々する。

 例えば2週間分しかやってないとしよう。4週間で来るでしょう。そうすると、「お薬飲んでいますか」、「飲んでいます」と言う。2週間飲んでいないわけです。あるいは、半分ずつ飲んで4 週間。それで、これは怪しいということになる。その次に来たときには、「じゃあ、また今度」と言って忙しそうに次の患者を呼ぶわけです。そのとき、「待って、先生、お薬を下さい」と言えば、それは飲む人だ。

―― 患者に積極的に言わせることも大事ですね。

日野原 なるべく、私たちが血圧を測るとか、私たちが情報をつかみ出すのではなしに、患者が提供するような機会を与える。素人なんかは信用できないなんて言わないで、下手であってもさせるわけだ。そして、それを批判するのはいい。これはこうした方がいいですよと。

 そういうことで、私は、例えば利尿剤を飲ませるときに、3日に1回とか、1週間に1回なんか言わない。「体重がこれ以上に上がったら、そこで飲みなさい」と言う。それで、「なぜ体重が上がったかということを、昨日の行動を書いて持ってきてください」と。どういう無理をするとそういう状態になるかということを書かせると、ああ、こうなると悪くなるということが今度は分かるようになる。そういう記録を取らせる。患者にデータを持って来させるということ。

 それができると今度は、電話で患者の指導やら、電話で治療ができるようになる。僕のケースは3 分の1は電話ですよ。お互いに喜んでいる。そうでしょう? わざわざ外来診察で待たされなくてもいいから。電話がかかったら、「はい、どうですか」と言って1分か2 分で済んでしまうから。

―― 患者指導の要諦を一言で言えばどうなりますか?

日野原 本当のことを言えるような人間関係。体のことも、心のこともね。

―― 心が通じないと、コミュニケーションができない。

日野原 それには言葉が大切です。同じ言葉でも、大げさな言葉を使わないで、非常にリファインされた言葉、その人に合った言葉で対応する。だから、医者というのは役者なんだよ。相手次第で、表情なり言葉なり変わるわけだ。だから、ボキャブラリーをたくさん持っていないとだめですね。

―― そうですね。

日野原 プラトーが言っておりますよね、医師もまた言葉を使う人間だと。言葉というのは非常に大切なメディアなんだな、私たちにとっては。聴診器とか心電図とかいうと、大切にするでしょう。言葉はそれ以上に大切なものです。