表1 気仙沼市の医療を取り巻く現状
  • 医療従事者、病院が圧倒的に不足している
  • 仮設住宅からの移動が困難で、受診できない(特に厳冬期)
  • 経済的な問題から受診が手控えられ、慢性疾患の悪化を招く
    (被災者の医療費減免措置が宮城県では2012年度で打ち切り、
     受診抑制により拍車がかかる可能性)
  • 高齢独居者の体調不良が把握されにくい

 冬場は、特に移動が大きく制限される。例えば、牧沢テニスコート仮設住宅では、仮設住宅居住者の7割は独居高齢者で、車の保有率は5〜6割程度。車がなければ、アイスバーンの急坂あるいは手すりのない階段を登り、さらに林の中を歩くこと、およそ1km。ようやく、市街地行きのバス停にたどり着くという次第である。ここには週1回、石巻から移動支援ボランティアの方が入っているが、居住者のニーズを満たすだけのサービスは提供できていない。

 車でも路面凍結のトラブルはしょっ中だし、交通手段がない独居の高齢者が病院までタクシーを使えば、それだけで5000〜6000円かかる場合もある。市立病院など大きな病院だと、薬を受け取るだけでも時に朝から午後までかかる。

 そうした状況は当然、受診控え、引いては慢性疾患の悪化につながってしまう。仮設での診察中も血圧200mmHgを超える方に受診を促すことがあった。気仙沼本吉病院内科の上久保和明氏からは、仮設住宅の訪問診察で血糖270mg/dLの方が見つかったとも聞いている。

 さらに、先の見えない仮設暮らしというストレスが慢性疾患の悪化に拍車をかけている。仮設の入居者は抽選によってばらばらの地域から集まるケースが多く、住民同士のコミュニケーションの不足が症状悪化の見過ごしにもつながる。そして、今は診療を必要としない方でも、「医療サービスが不足している」という不安は大きな心理的プレッシャーになっているはずである。

震災から2年、「今が正念場」
 もともとが医療過疎(人口当たり医師数は全国平均の半分)の地域で、地域医療を担うクリニックが多く被災した。自身のクリニックが全壊して2億円の借金を抱えながらも訪問診療を再開した村岡正朗先生など、地元のために再起されて頑張る先生方がいるし、市立病院などの中核医療機関も徐々に体制を整えつつある。

 しかし、医療従事者(医師、看護士、PTなど)はまだまだ足りず、地域医療の復興に奮闘しているスタッフの仕事量は尋常ではないはずだ。市内の猪苗代病院も、看護師の欠員分のリクルートを必死で行っている。多くの仮設住宅からは医療支援の要望が上がっていて、「健康相談だけでもお願いできないか」というところもある。しかし、それらの声に応えるだけのスタッフの確保が難しい。

 仮設住宅で独居の88歳女性は変形性頸椎・腰椎症によって歩行時痛とともに肩関節痛で挙上5°もできない状態だったが、通院もリハビリテーションもしていなかった。震災から1年以上が経った昨年半ばの時点の話だ。

 つい先だっても、気仙沼で被災して市外の仮設住宅に入居された方が孤独死されたと聞いた。阪神淡路大震災では、震災関連死は初年度よりも2〜3年目のほうが多かったと聞く。震災を生き延びた命をこれからもつないでいくには、東北沿岸への人的支援はまだまだ足りていない。

 ご自身も自宅半壊という被災者でありながら、様々な支援のコーディネートに手弁当で奔走している村上充氏。支援の対象は物資の調達から医療・健康にシフトしてきている。村上氏とともに現地で支援を継続しているスタッフは皆、「まさに今が正念場」という認識で活動している。

 自身あるいは高齢の肉親が、医療サービスの不安も抱え厳冬の仮設に独居でいることを想像してみてほしい。どこの医療機関も人手不足であることを承知で、あえて言いたい。復興はまだ遠い。多くの医療者が被災地支援に参加されることを切に願う。

 気仙沼市での医療支援に関心を持たれる方は、ぜひ村上氏らにご連絡をいただきたい。連絡先はこちら、あるいは「気仙沼・コーディネート活動プラスα」(facebookページ)まで。