私は現在、宮城県気仙沼市でボランティアの医療支援を行っている。東日本大震災発生から2周年を迎えての報道では、復興に向けての明るい話題とともに、遅々として進まない状況も紹介された。医療支援を行っている立場から見ると、医療インフラというライフラインに関しては、復興どころか復旧もまだまだおぼつかない地域が多いというのが実感である。

 「支援が長引くと自立を妨げる」「ボランティア支援はもう必要ない」との意見も聞くが、現地に足を運べば、地元のマンパワーや設備だけでは立ち行かないことがまだまだある。医療者の更なるサポートを期待して、2年を経過した今の状況を紹介したい。

ペインコントロールで被災者の疼痛を緩和
 気仙沼市医師会の承諾のもと、私が2週に1度のペースで行っている医療支援の内容は、鍼やトリガーポイント注射などのペインコントロール、血圧測定、健康相談など。医療NGO(ジャパンハート、キャンナス、FACETOFACE)のスタッフや一般ボランティアとともに気仙沼市内3カ所の仮設住宅において行っている。

 最初の支援を行ったのは、震災後の2011年5月。そのときに用意したのは、トリガーポイント注射、鍼治療、シールの置き鍼、コルセット、テーピング、不眠、疼痛、疲労回復用の漢方(ツムラT-23、41、54)だった。東洋医学は一般に思われているより即効性があり、場合によっては西洋医学をしのぐ。こういった事態であるから、自分の力量で安全確実なものだけを選んだ。

 「心のケアが必要」とメディアではよく紹介されるが、痛みストレスに関する報道は乏しいような気がする。理由のひとつに、被災された方が我慢しているので、伝わらないことがあると思う。

 心的外傷後ストレス障害PTSD)の専門家によれば、治療の第一歩は苦痛体験の表出からという。ただ、気をつけなければならないのは、急性期を過ぎた場合、苦痛体験は簡単に話せるものではないということだ。

 私は阪神淡路大震災でもボランティアに赴いたが、このときに現地入りしたのは震災発生から4日目で、こちらが聞かなくてもつらい思いを話す被災者が多かった。治療中もつらかった経験を話したがり、その後は何か憑き物が落ちたような表情で帰られていた。今回の気仙沼で、仮設のあるコミュニティの会長さんから苦労話を伺ったのは、医療支援を始めてから数カ月が経った後だった。

 つまり、急性ストレス障害ASD)とPTSDの対応をきちんと区別すべきであり、「心のケア」と言って、無理に表出を促すことは禁忌なのである。マスコミの取材をきっかけに、被災者のストレスが増すケースも数多く耳にする。「心のケア」という名目で行う支援よりも、イベントや指圧、マッサージ、健康相談などを行った際、自然にポロリと出てくる本音に聞き入ることがまっとうなケアだと思う。

 精神的な苦痛の解放には、心身一如の発想が不可欠だ。腰痛や肩こりを緩和することがリラックスにつながることは自律神経の作用からも明白である。身体的な苦痛の除去も、精神的ストレスの軽減、寝たきり、認知症の予防につながるという認識を持って、気仙沼での診療に取り組んでいる。

移動の制限で受診を手控え、慢性疾患の悪化に
 気仙沼市内の仮設住宅は現在90カ所あまり。市街地からかなり離れた山間部にあるところでは、厳冬期の冷え込みは尋常ではない。震災から1年目の2011〜12年冬は時に−20℃近くまで下がり、エアコンが作動しなかったり、水道管の凍結も頻発したそうだ。2年目の冬となる今年2月も、夜9時で−7℃、朝6時で−5℃。車内の飲み残しのコーヒーはシャーベットになっていた。日中、陽が差す時間帯でも気温は0℃を上回らなかった。