ほりこしゆうほ氏○2001年昭和大卒。沖縄県立中部病院、国立成育医療センター(当時)などを経て、08年7月カナダ・トロント小児病院にクリニカルフェローとして留学。10年8月から東京都立小児総合医療センター感染症科。

 これまで最悪のときには一度に3つの病棟が閉鎖せざるを得なかったこともあり、病院全体が機能不全に陥りかねないほどの緊急事態になったこともある。内科系および外科系の一般小児病棟が9病棟あるため、なんとか病床をやりくりできたが、代替の効かないPICU(小児集中治療室)などで水痘が発生すると、重症児の受け入れ先がなくなる。人工心肺などの体外循環を含め、小児に対する集学的治療を小児集中治療医が行える施設は東京でも限られている。

 我々の施設は重症児や免疫不全児が多いので、水痘の院内感染対策は厳格に行っているが、それでも血液腫瘍や免疫抑制剤を服用している小児の二次感染は起きてしまう。幸いにして死亡や後遺症を残すような例はまだ起きていないが、このままでは時間の問題と思われる。小児感染症科医として、ワクチンで簡単に予防できる疾患で子供を死なせてしまうことほどの無念さはない。

入院前の水痘ワクチン2回接種を求めることに
 水痘の流行で被害を受けるのは、基礎疾患を持っていたり、白血病などの治療中でワクチンを接種することのできない子供たちである。病棟閉鎖となれば、小児病院でしか診ることのできない複雑な疾患の小児の入院が制限されたり、予定手術が行えなかったり、専門性の高い疾患の小児をケアに慣れていない専門外の病棟に入院させることを余儀なくされる。波及する被害は甚大である。

 そのため、東京都立小児総合医療センターでは、時間的に余裕がある予定入院の小児に対しては、水痘未罹患の場合、水痘ワクチンを2回接種してからの入院をお願いする措置に踏み切った。外科あるいは心カテのある循環器内科など、各診療科の忙しい外来で説明の手間を増やすことになるし、手術のスケジューリングにも影響が出てしまうが、やむを得ない。施設レベルでできる対応としては、おそらくこれ以上の策は考えられないだろう。

 私が以前勤務していたトロントでは、幼稚園や学校の入学時にワクチン接種の履歴がチェックされ、法定接種のワクチンの中で正当な理由なしに受けていないものがあると登校を認められなかった。その病院版のようなものだ。

 それでも緊急入院患者から、水痘による病棟閉鎖は今後も続くであろう。水痘ワクチンの2回接種については昨年、日本小児科学会が推奨を出したばかりで、一般臨床で普及しているとは言い難い。それどころか、定期接種に指定されておらず助成もないことが多いので、1回接種でさえ十分に行われていないのが現状だ。日本における水痘ワクチンの接種率は30%程度で、諸外国に比べると信じがたい低率である。

 小児科医の中にさえ、「水痘はかかればいい」という考えの方もいる。目の前で重症化する小児を診ることがなければ、そう考えても仕方がないかもしれないが、いまや麻疹より水痘で死亡している小児のほうが多いことは、注意を払うべきであろう。基礎疾患のない元気な子供でも水痘脳炎で入院してくることがある。

 ワクチンによる感染症予防には、集団免疫(Herd Immunity)とコクーン戦略Cocoon Strategy)という考え方がある。集団免疫とは、集団の予防接種率はある程度のところまでいくと、流行そのものを減らすことができるという考え方だ。そしてコクーンとは、蚕のマユのこと。ワクチンで予防できる疾患(VPDs)なのに、重症疾患などでワクチンを接種することのできない小児がいる。その小児を守るには、周りにワクチン接種を勧める、つまりマユをつくることでVPDsの感染から守ってあげるという戦略である。

 東京都立小児総合医療センターでは、御家族の了解を得て白血病の小児にポスターのモデルになってもらい、このコクーン戦略を訴えている(1ページ冒頭写真)。もちろん、達成しなければならない解決策は、予算をしっかりと確保して公費負担で接種できるワクチンを増やし、予防接種率を上げることである。前回も指摘したが(「なぜ、入院しているとワクチンが自費に?」、2012.1.18)、ワクチンギャップの被害を一番受けやすい病児を守るには、社会全体が感染症の流行をなくす努力をしなければならない。