水痘ワクチンの接種を呼びかけるポスター。家族の了解を得て白血病の小児にモデルになってもらった。*画像クリックで拡大します。

 海外の先進国ではめったに診ることがなくなった感染症でも、ワクチン行政が遅々として進まない日本ではいまだに罹患する患者が跡を絶たない。中には開発途上国より取り組みが遅れているワクチンすらある。

 もっとも、こうしたワクチンギャップは近年、少しずつ改善されつつある。21世紀はじめまで諸外国からは「麻疹輸出国」の汚名で揶揄されていた日本だが、関係各者の努力で予防接種率が上がり、ついに麻疹の大きな流行は制圧した。肺炎球菌7価ワクチンやインフルエンザb型(Hib)ワクチンの接種に対する助成もやっと始まり、厚生労働省予防接種部会の審議では定期接種化への動きもようやく見えてきた(関連記事)。

 しかし、水痘や流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)など、昔から任意接種はできるが多くの市区町村で助成がないため、予防接種率が上がらず常に流行が続いている疾患もある。「命定め」の病気と恐れられた麻疹の死亡率がワクチンの効果で激減するのに伴い、ここ数年は水痘による死亡が麻疹を超えるようになった。

 東京都の水痘のサーベイランスを見てみると、この5年間、ほぼ同じ流行状況を示している。乱暴な考えかもしれないが、感染症科医の立場からすれば、サーベイランスは介入して改善することに意味がある。何の介入もできずに流行すると分かっている水痘を漫然と追いかけているだけなら、この無駄な作業をいっそやめてしまって、その費用をワクチンの助成に当てて、罹患する子供を少しでも減らすほうが有益とさえ思える。

 企業であれば、何の対策も考えずに悪い業績のグラフを毎年延々と作っているようなものだ。これは、決してサーベイランスを担当する方々を責めているわけではない。問題は、サーベイランスの結果を実際の介入につなげるシステムが欠落していることにある。水痘についても定期接種化の方針は出ており、一刻も早いシステムづくりが必要だ。

スクリーニングをすり抜けて入院してくる水痘感染児
 東京都立小児総合医療センターでは、水痘の流行期は常に病棟閉鎖を余儀なくされる。開院は2010年3月だが、水痘・帯状疱疹ウイルスによる病棟閉鎖は2012年1月時点の2年弱で既に20回を数えた。年間に10回近くの病棟閉鎖を余儀なくされているわけで、重症患児が水痘に感染した場合のリスクの大きさに伴って、病床管理や免疫不全の曝露者対策にかかるコストも莫大なものになる。おそらく、直接の感染予防対策だけで、2年弱で1000万円程度はかかっている。手術や入院の延期まで計算すれば、コストはさらに膨らむこととなる。

表1 水痘感染児の入院が小児病院に及ぼす影響

 例えば、免疫能が正常の2歳男児が数日で退院できる予定の小手術で入院してきたとする。水痘ワクチンの接種歴は1回で、入院前の3週間で水痘の曝露歴はなし。こういった履歴が確認できれば、水痘の発症リスクは非常に小さいと考えられる。入院時のスクリーニングも問題なしで、一般病棟に入院となる。

 ところが、入院翌日に体幹に皮疹が発見され、水痘疑いで感染症科が呼ばれる。当センターでは院内でPCR検査ができるので、数時間で水痘の確定診断となる。こういった例は、入院時のスクリーニングでいくら丁寧に問診・視診を行っても、予測のしようがない。

 感染患児の入院がひとたび確認されると、非常事態である。発疹が現れる48時間前から感染性があるので、そこまでさかのぼって病棟内の曝露者を確認し、水痘の免疫がない小児が曝露していたら、ワクチンを緊急接種する。ワクチンを接種できない小児にはアシクロビルを予防内服させ、重度免疫不全の小児には発症しないことを祈りながら、院内で抗体価が一番高いγグロブリンを投与する。

 二次感染が出ないことを確認するため、潜伏期間中の新規入院は、水痘の罹患歴があって免疫を獲得している小児か、水痘ワクチンを2回接種した小児に限ることになり、事実上の病棟閉鎖となる。