2004年の新潟中越地震で避難者にエコノミークラス症候群が発生していることが報告されて以降、震災時の深部静脈血栓症に多くの医療関係者が関心を払ってきた。新潟大学の榛沢和彦医師の調査によって、車中泊者に肺血栓塞栓症が多く発生し、死亡例もあったことがわかり、車中泊を避けるようにとの注意喚起がなされた。

 その後、2008年の岩手・宮城内陸地震では避難者の活動性が低い避難所では深部静脈血栓陽性率が高いことが宮城県立循環器・呼吸器病センターの柴田宗一医師らによって指摘されてきた。1940年のロンドン空襲で、地下鉄構内の避難所への簡易ベッド導入が肺血栓塞栓症による死亡例を減らした事例から、このような震災時の避難所におけるエコノミークラス症候群を予防する手段として簡易ベッド導入の必要性が訴えられてきた。

 しかし、これまで実現することはなかった。近年の事例では、ハリケーンカトリーナ、南カリフォルニア山火事など、米国の自然災害時の避難所では政府によって2万台もの簡易ベッドが設置されている映像が放映されていたが、日本では畳での生活習慣により、床での雑魚寝に官民ともに抵抗感がなく、震災後に厚生労働省から地方自治体に出された事務連絡には避難所に畳かマットを敷くようにと雑魚寝を容認する記載であったことから、簡易ベッドを導入する動きは生まれてこなかった。

 今回の東日本大震災では前出の医師らと協働して石巻赤十字病院チームが行った下肢静脈エコー検診の結果、深部静脈血栓陽性率がこれまでにないほど高率であることがわかった。津波の影響がさまざまに絡み合った結果であった。深部静脈血栓陽性率の高さは肺血栓塞栓症患者の増加となって現れ(震災後1カ月で前年同期比3.7倍、石巻赤十字病院調べ)、また、深部静脈血栓は脳梗塞発症の危険性を6倍高めることもわかってきた(新潟中越地震後5年間の調査より)。これらの二次健康被害を食い止めるためには、早期に簡易ベッドを導入する必要があった。

 さらに、床の上での生活が長引くことにより高齢者の自立度を低下させ(2011.4.20「避難所生活の長期化がもたらしたもの」参照)、津波によって流されてきた汚泥が粉塵となって咳で苦しむ人を増やしていることもわかった。そこで、エコノミークラス症候群予防だけでなく、これらの症状の改善にも簡易ベッドの導入がもっとも理に適ったものと考え、本格的に導入することを目指した。しかし、自治体に簡易ベッドの備蓄はほとんどなく、簡易ベッドを大量に供給できる方策をインターネットやツイッターなどに求めたところ、ある工場から段ボール箱を並べたベッドの提案があった。提案してくれたのは大阪の段ボール会社、Jパックスの水谷嘉浩社長で、素材・製造とも汎用の段ボールであるため安価に大量供給可能というものであった。この段ボール箱のベッドを石巻まで運んでもらい、強度の確認とサイズ調整を行い、石巻市東松島市の避難所に導入してみた。

 その結果、咳が止まり、高齢者の自立度が改善し、何より安眠できるようになったと避難者に好評であった。床に寝ていると、足音や余震が頭に響いて夜中に目が覚めることが多かったそうである。その後、下肢静脈エコー検診活動を行う医療関係者らの働きかけで岩手県、福島県、そして福島県からの避難者が多い新潟県の避難所で段ボールベッドが導入されるようになってきた。これらは全てJパックスと、その後協賛してくれるようになった大手段ボールメーカー(レンゴーセッツカートン)が無償で提供・搬送してくれたものである。すでに2000台以上が東北の避難所に届けられた。

 このベッドが全国の段ボール工場で生産できれるようになれば、どこで災害が起こっても万単位のベッドを作成することができ、畳んだ段ボールを輸送することで迅速に大量供給できるようになる。私達は段ボールメーカーと共に、次の災害への備えとして段ボールベッドの供給システムの確立を目指した。避難所への段ボールベッド導入の動きをメディアに取り上げてもらうことで、自治体の防災担当者の目に留まり、これまでのところ愛知県の自治体と段ボールメーカーが防災協定を結ぶに至っている。

 現時点でも避難所で雑魚寝している人が多くいるが、その人たちに段ボールベッドを届けることができていない。さらに、雑魚寝のために床に敷かれたままのシートにカビやダニが発生している。ボランティア団体とともにこれらを一掃し、清潔な環境と段ボールベッドを導入しようとしているが、行政職や当事者である避難者の理解を得られないことがそれを阻んでいる。今の状況を改善しきれていないことに忸怩たる思いはあるが、この震災を通して避難所での雑魚寝からの脱却という新たな流れがこの国に生まれつつあることはせめてもの救いである。震災から5カ月経とうとしているが、石巻市内だけでも未だに数千人の避難所生活者がいて、密集した環境で雑魚寝をしている人も多くいるのである。