日本の法律上では一般公衆の線量限度は1mSv/年であるが、政府は国際放射線防護委員会ICRP)の基準をもとに警戒区域や計画的避難区域を設け、校庭の活動制限の基準を3.8μSv/hとし、住民には屋外で8時間、屋内で16時間の生活パターンを考えて、「年間20mSv」とした。文科省が基準としたICRP Publication 109(2007)勧告では、「緊急時被ばく状況」では20mSv〜100mSv/年を勧告し、またICRP Publication 111(2008)勧告では、「緊急時被ばく状況」後の復興途上の「現存被ばく状況」では1mSv〜20mSv(できるだけ低く)に設定することを勧告している。政府は移住を回避するために、復興期の最高値20mSvを採用したのである。しかし原発事故の収拾の目途が立っていない状況で住民に20mSv/年を強いるのは人命軽視の対応である。

 この線量基準が諸兄から「高すぎる」との批判が相次いだ。確かに、年齢も考慮せず放射線の影響を受けやすい成長期の小児や妊婦にまで一律に「年間20mSv」を当てはめるのは危険であり、私も高いと考えている。しかし私は、「年間20mSv」という数値以上に内部被ばくが全く計算されていないことが最大の問題であると考えている。

 政府をはじめ有識者の一部は100mSv以下の低線量被ばく線量では発癌のデータはなく、この基準の妥当性を主張している。しかし最近では100mSv以下でも発癌リスクのデータが報告されている。

 広島・長崎の原爆被爆者に関するPrestonらの包括的な報告では低線量レベル(100mSv以下)でも癌が発生していると報告2)され、白血病を含めて全ての癌の放射線起因性は認めざるを得ないとし、被爆者の認定基準の改訂にも言及している。また、15カ国の原子力施設労働者40万人以上(個人の被ばく累積線量の平均は19.4mSv)の追跡調査でも、癌死した人の1〜2%は放射線が原因と報告している3)。

 こうした報告もあり、米国科学アカデミーのBEIR-VII(Biological Effects of Ionizing Radiation-VII、電離放射線の生物学的影響に関する第7報告,2008)では、5年間で100mSvの低線量被ばくでも約1%の人が放射線に起因する癌になるとし、「しきい値なしの直線モデル」【(LNT(linear non-threshold)仮説】は妥当であり、発癌リスクについて「放射線に安全な量はない」と結論付け、低線量被ばくに関する現状の国際的なコンセンサスとなっている。

 さらに、欧州の環境派グループが1997年に設立したECRR(欧州放射線リスク委員会)は、国際的権威(ICRP、UNSCEAR、BEIR)が採用している現行の内部被ばくを考慮しないリスクモデルを再検討しようとするグループであるが、先日の報道では、ECRRの科学委員長であるクリス・バスビーはECRRの手法で予測した福島原発事故による今後50年間の過剰癌患者数を予測している。原発から100kmの地域(約330万人在住)で約20万人(半数は10年以内に発病)、原発から100Km〜200Kmの地域(約780万人在住)で約22万人と予測し、2061年までに福島200km圏内汚染地域で417,000人の癌発症を予測している。しかし、計算の根拠とした幾つかの仮定や条件が理解できない点も混在しており、予測値は誇張されていると私は感じている。ちなみにICRPの方法では50年間で余分な癌発症は6,158人と予測されている。さてこの予測者数の大きな違いはどう解釈すべきなのか。

 また、震災前の3月5日に、米国原子力委員会で働いたことのあるJanette Sherman医師のインタビュー4)では1976年4月のチェルノブイリ事故後の衝撃的な健康被害が語られている。彼女が編集したニューヨーク科学アカデミーからの新刊 "Chernobyl : Consequences of the catastrophe for people and the environment"によると、医学的なデータを根拠に1986〜2004年の調査期間に、98.5万人が死亡し、さらに奇形や知的障害が多発しているという。

 また、ヨウ素のみならずセシウムやストロンチウムなどにより、心筋、骨、免疫機能、知的発育が起こっており、4000人の死亡と報告しているIAEAは真実を語っていないと批判している。これは、(1)正確な線量の隠蔽、(2)低線量でも影響が大きい、(3)内部被ばくを計算していないため―といった原因が考えられる。この大きな健康被害の違いについても、私は内部被ばくの軽視が最大の原因だと考えている。

 しかし低線量でも被害が大きいことが隠蔽されている可能性も否定できない。ちなみに原発事故の翌日に米国は80Km圏内からの退避命令を出しており、低線量被ばくの被害の真実の姿を握っていて対応した可能性もある。

文献
(1)Amy Berrington de Gonzalez, Sarah Darby: Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351, 2004.

(2)D.L.Preston, E.Ron, S. Tokuoka,et al: Solid Cancer Incidence in atomic Bomb Survivors;1958-1998. Radiation Res.168:1-64,2007.

(3)Cardis E, Vrijheid M, Blettner M, et al: Risk of cancer after low doses of ionising radiation: retrospective cohort study in 15 countries.BMJ.9:331(7508):77,2005.

(4)http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/