1)被災地の現状
 私は、茨城県つくば市で開業して半年の内科医師です。4月29日から30日にかけて被災地に行ってまいりました。とはいっても医療支援ではありません。医療支援はどこも充足しているもしくはJMAT等でないと受け入れ不可とのことで、とりあえず一般支援で被災地を見てきました。

 まず出だしは、茨城のカトリック教会で早くから支援に入っている神父さんに付いて南三陸町近くの集落で炊き出しの手伝いと野菜の差し入れを(この地域は最近やっと電気が通りましたが、まだ断水しており、当分自衛隊の給水が必要な状況です)して北上→気仙沼市立病院の知人医師に物資支援→仙台郊外一泊→仙台空港、若林区経由で南下、宮城の南端の山元町に物資の支援をして1泊2日で1200キロ走り、戻ってきました。もちろんいざという場合に備えて、寝袋から携帯用のガソリン、自家発電機まで持参で行きましたが、必要ありませんでした。

 震災から2カ月近く経ち、津波の被災地以外は、コンビニやレストランも営業し、ガソリンはどこでも入れられました。大きな避難所には物資が山と積まれ、個別の物資支援は前もって申し込んでいないと断られました。連休中ボランティアは、社会福祉協議会経由で、前もって保険に入ったうえで事前申し込みが必要で、ボランティアをするにも随分ハードルが高いようでした。

 実際には、想像を絶する広範囲の災害で、物資もボランティアもいくらでも必要と思われましたが、被災された自治体の人々が窓口となっているので、どこでどれだけ足りないのか、何が必要とされているのかの細かいニーズを把握することができず、大量の物資を受け入れるだけでいっぱいいっぱいになっているという印象でした。大きな避難所まで来られない人には、物資も医療も行き届いていないのでしょうが、そこを探してコーディネートする人が足りないので、支援したい人と、受け入れ側でミスマッチが起こっているようです。

 津波の被災地は、all or nothingのところが多く、すべて流されてしまった南三陸町のようなところでは、泥掃除のボランティアは不要で、がれきの撤去に重機が入るまでは何もできそうにありません。ここの人たちにはまず住むところが確保されなくては、生活用品を差し上げても使えないでしょう。泥にまみれても使える家が残っている地域では、ボランティアの出番となります。家の掃除から、周辺の道路の整備まで、いくらボランティアがいても足りないのではと思われました。

2)提言 私たちに出来ることは何か
一般支援
 誰もが経験したことのない広大な範囲にわたる災害です。この先、息の長い支援が必要です。被災地の人々のために何かしたいという気持ちに、あまり多くのハードルを設けるのはいかがなものでしょうか。断られ続けると、自分が必要とされていない気がして、何かしてあげたいという気持ちが萎えてきます。この国のお役所は、有事に際しても今何ができるのか考えるより、出来ないこと、認められないことを羅列することが好きなようです。

 ある医師が、日本が中途半端な先進国であったために、かえって必要な支援が届かないことが起こってしまったということを指摘されていました。発展途上国であれば、他国からの災害救助隊がどんどん入って行って、市民生活の面でも、足りないものを判断して全体を見渡して支援に入るが、日本ではそれができず、かえって孤立する人を作ってしまっていると。アメリカをはじめとする海外からの支援の打診を、日本政府は当初は断っていたそうで、各国はNPOも含めいまだだに困惑しているようです。

 先の長い支援を得るには、最初の混乱があったとしても、来る者は拒まずという姿勢が、悲しみを共有して被災地のために何かしようという息の長い支援につながるのだと思います。被災地に行くことが、渋滞を作るとか邪魔になるとかいう意見もあるようですが、行って見て来られたらいいと思います。百聞は一見にしかずです。何よりもまず津波の跡を見られるとよいでしょう。これほど強烈に悲しみを共有できるものはありません。つくばからだと朝4時半に出れば、渋滞に巻き込まれることもなく、渋滞を作り出すこともなく現地に着くことができます。

医療支援
 医療の面でも有事の対応が出来ているのでしょうか。

 当初は、DMATTMATの人たちが入っていた被災地の医療も、この先は徐々に現地の人たちにバトンタッチしていきます。ただ、もともと医療過疎の地域も多く、今回の震災で亡くなった医療者や、もともとの立地が津波や原発の影響で再開できない医療機関も多いようです。

 茨城県も被災県ですが、つくば市は被害の程度も軽く、被害の大きな県北地域への支援も当初からできる状態だったと思います。県北へは九州からすぐにDMATが入っていましたが、筑波大学附属病院からも、ある程度の医療支援が行っていたのでしょう。

 末端の開業医は、県内の医療情報を共有することが難しく、ネット社会になっても、情報が有効に利用されるまではまだまだ工夫が必要です。東北は無理でも、せめて県内の医療支援につくばの開業医が動くことは十分可能だったと思います。