初めは怖い話を聞き出すことが逆にストレスになるのではと心配していたが、そうとばかりは限らないらしい。自分から話す場合には聞き役に徹することにした。消防署本部で働く30代の男性は当時の状況をこう語る。

 「3月11日の巨大地震で大津波警報が出て、しばらくして水が来たけど、どうせ自宅の1階が浸水する程度だろうと思っていた。しかし津波は止まることなく勢いを増し、みるみるうちに水位が上昇して、自宅を飲み込むばかりか丸ごと流されてしまった。2階に上っていた私は、水が胸の上まで来て頭が天井に押し付けられていた。もう死ぬと思った。たまたま電柱に引っ掛かり、そばにあったコンクリート造アパートの屋上に飛び乗って助かった。本当に運がよかった」

 血圧測定から小林先生の診察までの合間、わずか3〜4分ほどの時間ではあったが、精一杯ポジティブなメッセージを(非言語的に)伝えるよう努力したつもりだ。震災後はなかなかできなかったのだろう、趣味や特技などの話が盛り上がると笑顔が浮かび、聞いている私も嬉しくなった。

町の風景と復興に向けて
 町の風景の中では、自衛隊が設営した入浴施設が印象に残っている。釜石のそれは「すずらんの湯」と名付けられ、震災から8日後には災害対策本部前の公園で利用できるようになっていた。例のモスグリーンのテント製で無骨な感じがしたが、なかなかによい湯らしい。タオルや石鹸、下着類は支援物資から利用することができ、手ぶらで行っても大丈夫だ。ボランティアにも開放されているため、入ってみようと近くまで行ったが、これはあくまで被災者のためのもの、と遠慮することにした。テント越しに子供のはしゃぐ元気な声と母親の叱る声が聞こえ、この町は必ず復興できると確信した。

 自粛ムードなどと言われているが、消費でも貢献できないだろうか。そう思った私は釜石市の特産品を探すことにした。釜石は特産品が多く、もちろん魚介類が有名だ。釜石駅前の「駅前橋上市場 サン・フィッシュ釜石」は4月29日より平常営業を再開しており、中の定食屋で食べた海鮮丼は絶品だった。残念ながら私は料理をしないので、せっかくの新鮮な魚介類も土産に買うことはできない。その代わり、お饅頭の「かもめの玉子」を3箱購入した。「かもめの玉子」は、釜石というより岩手県の名物であるが、義援金キャンペーンを行っているのが良かった。「かもめの玉子」は取り寄せもできるので、皆様も購入されてはどうだろうか

 釜石市の人々は、心優しく親切で、負けずにがんばる精神力を備えている。被災者の方々を思うと本当に心が痛むが、町中に満ちていたのは、悲しみではなく、復旧への槌音だった。私は、全国からの支援があれば、必ず釜石は復興すると感じた。微力ながら今後も、支援活動を継続してゆきたい。