被災地域への急性期対応もひとまず落ち着き、避難所からは災害医療支援チームが少しずつ撤退を開始し、現在は地域におけるプライマリケア構築の時期にきている。しかし、被災地域の多くは、もともと高齢・医療過疎地域であったこと、そして市町村行政が被災していることなどから、その立て直しには多くの困難を伴うことが予想される。

 驚いたことに、被災者の健康状態が震災後ほぼ2カ月たった今も十分に把握されているとはいえない。途上国の大災害においても、被災者の健康・栄養状態の把握は、効果的な保健介入を行うための第一歩であり、発災後早急に実施するのが普通である。しかし、今回の大震災は想定外の規模であり、災害初期における迅速調査への用意がなされていなかったためか、国際基準にも満たない劣悪な環境下で避難生活を余儀なくされながらも、その人々の健康・栄養状態に関する客観的な評価は十分になされていない。

 確かに、個別の小規模調査は行われている。しかし、今必要とされているのは、全体像を俯瞰していて今後の支援につながり、各個人にもフィードバックできるようなアセスメントである。さらに、地域の基幹病院や診療所、保健センターなどが津波により破壊され、震災前のカルテや健診記録も散逸しているところが多く、今後の地域の保健医療計画の大きな足かせとなっている。

 我々は、これまでの国内外の災害時の経験からこうした状況をある程度予想し、震災1週間後から、国内外の研究機関や国際機関の専門家と議論を重ねてきた。そこで、災害医療、プライマリケア、生活習慣病、公衆衛生、国際保健、心のケア、歯科、栄養、介護などの専門家が学際的に連携し、被災者支援に資する国際標準の健康・栄養モニタリング、被災地住民の健診や包括的なコホート調査を行う必要性を感じ、その実施に向けた準備も行ってきた。

 その一環として、4月30日より5月5日までの期間、長期の避難生活を強いられている被災者の健診を行い、これまで把握されてこなかった被災者の健康状況を把握し、即座に保健指導や医学的フォローアップが可能になるようなシステムの導入を宮城県の3自治体(南三陸町気仙沼市石巻市)の協力のもと開始した。連休中にも関わらず、本プロジェクトチームに加えて、全国からのべ50名を越える医師、看護師、検査技師、保健師、医学生などがボランティアとして参加してくれた。

 避難所に暮らす被災者の中には、今回が被災後初めての保健指導となった方々も多かった。予想通り、高血圧、高血糖、そして、栄養問題(塩分過多)などが、一般人口よりもはるかに高い割合でみられた。2カ月間ほぼ不眠不休で走り回っていた自らも被災者である避難所のリーダーは、健診の間にぽつりと、「震災後初めて自分のことを心配する時間が取れた」と口にした。結果は治療を要する高血圧と高血糖であった。このまま何もしなければ早晩倒れる状態であったことは間違いない。これまで指摘されたことがなかった200mmHg以上の血圧の方も少なからずおり、即座に医療チームによるフォローが行われた。

 また、治療を要する高血圧を持つお年寄りに、無料配布した自動血圧計の使い方を説明していると、「寄せ書きの応援メッセージも、コンサートもいらないから、ともかくお金がほしいです。全部流されてしまって、お金がないと何もできないんです。皆、言わないけれども、本当はお金がほしいんです」と、普段口にすることのない心情を吐露した。

 先行きの見えない過酷な環境の下、また外部の医療チームが少しずつ撤退する中、今後の避難者・被災者の身体、そして心の健康管理をどうしていくのか。今回の一過性の健診のみならず、被災地域住民(被災しながらも支援を続けている市町村職員、自衛隊、警察、医療関係者なども含む)の長期的な健康・栄養モニタリングが今必要とされている。

 さらに、我々は、医療過疎地域である現地の状況を考慮し、検診結果に基づいた保健指導を行うと共に、高血圧リスクを持つ被災者の方が仮設住宅などに移動した後にも、継続的に血圧の測定ができるように、個人デバイスを導入する試みを行っている。それを行政の保健医療担当者や地域の病院・開業医、仮設診療所における診療システムと直接と結びつけることで、効果的なフォローアップを行っていく予定である。

 この情報システムにより、いつでもどこでも被災者の方が健康管理・診療記録を保持し、医療供給者側も限られた医療資源で個別化医療と地域における保健・介護体制を確立できる。今回の被災地における次世代型プライマリ・ケアシステムの一つとして提言したい。

 津波で破壊されてしまった診療所や病院を元通り復旧させることだけが、この地域の保健医療の真の意味での復興ではない。被災地域は、実は、我が国の将来の保健医療・介護ニーズの縮図(高齢人口、生活習慣病、医療過疎、長期介護ケア)であることを忘れてはならない。被災地域住民の長期的な健康・栄養状態のモニタリングと評価をしながら、高齢・医療過疎地域における新たなプライマリケアを構築することがまさに今、求められている。

 インフラ整備のみならず、ソフト面でも雇用と経済成長を促進する革新的な保健医療システムを開発するために、被災地の復興には復旧とは異なる新たな保健医療パラダイムと価値を創造していくことが必要なのではないか。そのためには、きちんとしたデータや情報を基に、地元の医療機関、医師会、行政、そして大学、研究機関、学会などが連携して取り組まねばならない。