新潟県中越沖地震の時には、行政が立ち入り禁止住居を決めていたと記憶しています。この地域の医療統括者の石井先生が市に確認したところ、「立ち入り禁止については被災後2週間目までに定めなければならないが、石巻市も混乱しており、2週間以内に定めることができなかったので、もう立ち入り禁止にはできない」という回答を得たとのことでした。もし、余震でそういった住宅が崩れたら、その住宅に援助に行っていた訪問看護師や、医師が巻き添えになって亡くなったら、誰が責任をとってくれるのでしょう。

3)小中学校の再開
 4月下旬から、小中学校が再開される予定です。しかし、ほとんどの校舎は以前と同じ場所です。これまでは、避難所にいる人達をどうするかという問題に意識が向いていました。ですが、自分で現地に赴き、現場を見て、また、ある調査班から公営住宅に子供たちが大量に帰ってきているということを聞くに及んで、これはまずいと思いました。

 一例を挙げますと、渡波小学校は、防砂林の直近に建つ小学校で、ほぼ海辺と言ってもいい場所にあります。周辺の住宅は完全に壊滅し、住民が残っていないような地区ですが、この小学校が開校する予定だということで、近所の4階建ての公営住宅に住む人たちが子供を連れて戻ってきてしまったのです。電気も、水も、下水もなく、前の道路は夕方には冠水し、破傷風の原因になる瓦礫だらけで、自動車が逆さのまま放置されている中を、子供は自転車で走り回っていたというのです。

 今後、最大級の余震が予想されており、また、再度の津波の襲来も予想されているこの時期になぜ、被災地の真ん中の小学校を開校するのでしょう。市は、避難所からのスクールバスは、もともとスクールバスを運行していた地区以外は出さないということで、親たちは学校に合わせて、否応なしに前の住まいに戻ってしまっているのです。しかも、安全性のきちんとした評価も済んでいない住宅に。いつ最大の余震が起き、再び津波が襲ってくるかもしれない今の時期に、冠水してしまうような通学路を子供たちが歩いて通うことだけは何としても防ぎたい。これが私の今の最大の願いです。

まとめ
 今回の調査で、被害が甚大な地区には今のところ、高い介護ニーズはないことが判明しました。また、保健師たちの初動がかなり適切であった可能性が高いことも分かってきました。混乱の中、150名の要介護者の域外避難をコーディネートした彼女らに敬意を感じずにはいられません。

 今回、一度は域外避難した方たちが先方の病院から退院を迫られているという話を、ローラー作戦のスタッフが何人もの家族から相談されました。今後は、保健師さんたちと共に、帰宅時のコーディネートの仕組みを作る必要があります。

 一方で衛生面、住宅面、危機対応では非常に危うい状況に、今も石巻があることは変わりありません。信じられないようなことが、いろいろな縦割りの中で生じています。緊急時には平時とは全く異なる仕組み、たとえば、ローマ帝国の独裁官のように、強権的な指示が出せるリーダーがぜひとも必要だと強く感じています。