挫創については徹底的に洗浄し、平時とは違ってなるべく縫合を避け、創が開いていてもテープ固定としました。縫合すれば、誰かが抜糸しなければならず、そのための糸を切るクーパーが不足しているからです。テープならば感染すればすぐに剥がせるし、感染しない場合はそのまま剥がれるに任せることにすれば、その場で創処置は完結することになります。もちろん不潔創は、膿の排出ルートを確保するために、縫合しない方がよいわけです。

専門性を発揮しすぎる治療の功罪について
 各施設が出向いて交代で診療を継続する場合は、いかなる科においてもあまり専門性の高い治療をすると、専門外の先生がそれを引き継がなければならない場合もあるわけで、それがかえって仇になる場合もあるのではないかという印象を受けました。

 そこで自分としては、各科の医師の最大公約数的な処置に止めることにしました。たとえば膿瘍や汚染創にドレーンを留置しておいても、後を引き継ぐのが内科医であればその管理に逡巡するかも知れない訳です。それならば、ドレーンが要らない程度まで傷を開けておいたほうがよいです。

その他
1. われわれが派遣された地域と時期においては、近隣の医院が復活しはじめていたので、今後、連携をどうするか、考慮を要すると思われました。われわれは無料で診療しているわけですが、果たして人手不足を補っているのか、はたまた営業妨害になっているのか…。

 いずれにしても、突然現れて「かかりつけ医」の診療を推察しながら診療をするわれわれよりも、「かかりつけ医」の診療のほうが質は高いはずなので、投薬などは最小限にとどめて「かかりつけ医」がオープンしているのなら、そちらにいくようにお話ししました。ただし、車がなかったり、あってもガソリン不足で、避難所から「かかりつけ医」まで行くことが困難であるという状況は存在しました。

2. 今、避難所で必要とされるのは、医療資源設備が乏しい中で個人の技術とセンスをフル回転させて行う総合診療です。自分が役に立ったどうかはともかく、むしろへき地や離島で設備も乏しい中で、少人数で頑張っている先生方のほうが、今の被災地には適合しやすいように感じました。

 ところが、もしこれらの先生方を被災地に派遣しようものなら、その間にへき地や離島の医療が崩壊してしまいます。もちろん、専門医の先生方も医局人事の中で地域の病院に赴任された経験のある方がほとんどであり、すぐに環境に慣れて診療されていました。

 その一方で、「総合医を育てる」というふれこみの新臨床研修制度は、設備の整った病院での研修ということになっていますが、それにしても、へき地での医療を一年程度経験していただいた方が、このような設備も材料もない災害診療でまごつくことは少ないのだろうなと思いました。「医療需要>>医療供給」という災害医療の不等式は、へき地では特に、今世紀に入ってからは供給側が極端に不足する形で慢性的に存在しており、へき地や離島への赴任により、災害医療の疑似的な研修が可能になるからです。

3. われわれが診療した避難所は、「自治体が把握している」避難所でしたが、自治体の中枢が破壊されてしまった場所も存在しており、また、自治体が機能していても、状況を把握しきれていない避難所もあるだろうことから、自治体の枠組み以外の力も必要になることは容易に想像できました。

 以上、報告でした。