チェルノブイリの事故がその後の癌罹患率を高めたかどうかを調べた論文は数多く存在する。著者らは、国連が最初に公表したチェルノブイリリポートの作成に参加し、02年には、それまでに報告された研究を対象に疫学的レビューを行ってLancet Oncology誌に報告している(概要はLancet誌のWebサイト参照)。著者らはこの時点で、小児の甲状腺癌を除いて事故後に癌の罹患率が上昇したことを示す強力なエビデンスはないと結論していた。

 著者らと同様に、チェルノブイリ事故による汚染と小児の甲状腺癌の関係を示した2件の集団ベースのケースコントロール研究はいずれも、対象となった個々の小児の被曝線量を詳細に調べ、十分に選び抜かれた精巧な統計学的アプローチを用いて分析していた。それ以前に提供されていたエビデンスと組み合わせると、チェルノブイリ事故の結果として小児の甲状腺癌罹患が増えたという結論に疑問を差し挟む余地はなく、得られた知見は、チェルノブイリ事故と同様の事態が発生した場合に安定ヨウ素剤を配布、使用を促すかどうかの判断に利用できる、と著者らは述べている。

 一方で著者らは、チェルノブイリ事故による健康被害を評価する際に直面する壁について論じている。著者らが05年に報告した、小児の白血病がベラルーシ、ウクライナ、ロシアで増加している可能性を示した研究結果(概要はInternational Journal of Epidemiology誌のWebサイトを参照)については、試験設計に問題があったことを認めた。分析対象となったコントロールの小児の多くが事故による汚染がなかった地域から選ばれていたため、分析によって示された事故後の白血病リスクの有意な上昇は納得のいくものではないという。さらに、旧ソ連の構成国で疫学調査を行うことの難しさが正確な評価を妨げた。当時、それらの国は長期的な疫学調査の経験をほとんど持っていなかった上に、言語の壁は厚く、文化的な差は大きかった。さらに調査の対象地域が非常に広範で、全てをカバーすることが困難だった。著者らは、それらの問題も含めて試験設計に欠陥があったと考えている。

 また、ベラルーシとウクライナでは乳癌の罹患率が上昇したという報告があるが、記述疫学研究の結果であること、この研究が居住地域の汚染度に基づいて患者の曝露放射線量を推定していたことから、乳癌との関係については今後再評価が必要としている。放射線曝露による肺癌リスク上昇を報告している研究もあるが、やはり試験設計上の欠陥がデータの信頼性や正当性を脅かしている上に、喫煙の影響を放射線曝露の影響から完全に切り離すことは不可能との見方を示した。

 福島原発の今後について、著者らは、放射性ヨウ素とセシウムへの曝露を最小限に抑えるための努力の重要性と、汚染地域の隔離の必要性を強調した。

 著者らは、「痛ましいことではあるが、日本で進行中の原子炉事故は、放射性物質への曝露が癌リスクに及ぼす影響を評価するための新たな機会を提供する。日本は放射線疫学研究の長い経験を持つため、適切な調査を行うことができるはずだ。チェルノブイリ後の疫学調査を難しくした大きな要因の1つがソ連の崩壊を中心とする政情不安だった。日本は、地震と津波、そして原発事故を経験しても、政治的にも経済的にも安定しており、原発事故が健康に及ぼす影響の総合的な調査が可能と期待される。得られるデータは、今後そうした事故が発生した場合に国民に正確なリスク予測を伝えるため、また、公衆衛生担当者が有効な介入を行うために役立つはずだ」と述べている。

 原題は「25 years after Chernobyl: lessons for Japan?」、全文が、Lancet誌のWebサイトで閲覧できる。

見逃されがちな住民への心理的影響
 Lancet Oncology誌のエディターは、同じ4月26日に電子版で公開されたエディトリアルで、以下のように述べている。