6月3日、札幌で開催された第14回日本臨床救急医学会総会の特別企画「東日本大震災特別報告会」において、厚生労働省DMAT事務局の近藤久禎氏は、これまでのDMATの活動状況について報告した。

 DMAT(Disaster Medical Assistance Team)は、災害の急性期に活動できるよう、トレーニングを受けた医療チームのこと。阪神・淡路大震災大震災を契機に、震災直後の「防ぎ得た死」を減らそうと発足した。東日本大震災では、3月11〜22日までの間、47都道府県から約340チーム、約1500人(暫定値)が岩手県、宮城県、福島県、茨城県に派遣され、活動を行った。

 近藤氏は東日本大震災を通じて、これまで実施経験のなかった自衛隊機によるDMATの空路参集、重症患者の広域医療搬送、多数の入院患者の避難などが実際にできたことを挙げ、「全体としてはよく機能したと思う」と語った。

 自衛隊機による空路参集では、伊丹空港から花巻空港などへ、複数のC130輸送機が9フライトで82チーム、384人のDMAT隊員を被災地に輸送。広域医療搬送では、C1輸送機により外傷患者19人を搬送するなどした。今回は急性期の外傷患者が少なかったため、広域医療搬送のニーズはそう大きくなかったが、近藤氏の印象では「もっと多くの患者を搬送できるキャパシティーはあった」という。

 また今回、DMATの中心的な活動となった入院患者の避難では、津波で機能不全に陥った石巻市立病院から100人以上の入院患者を避難させたほか、福島第一原発から20〜30km圏内の避難勧告が出された地域の入院患者など計300人以上を避難させるなどした。それらの患者は、新千歳空港、羽田空港、航空自衛隊入間基地、福岡空港などに設けられた、一時的収容施設である広域搬送拠点臨時医療施設(SCU)を経て、近隣県の医療機関などへ受け入れてもらうことができたという。

 ただ、津波で多くの人々が溺死した東日本大震災では、一般に48時間以内といわれる急性期のニーズが少なかった。入院患者の避難のピークは3〜7日目。全体としてDMATの活動はうまくいったものの、東日本大震災における医療ニーズは、DMAT発足時に想定されていたものとは異なるものだった。

 また、今回の震災を通じて浮かび上がった課題として近藤氏は、(1)指揮調整機能のさらなる強化 (2)インターネットを含む被災地内での通信体制の確保 (3)ロジスティックサポートの充実 (4)4日目以降の病院支援戦略の構築 (5)亜急性期への移行戦略の確立 (6)核物質や生物・化学兵器テロ、被ばく医療への対応―の6点をを挙げた。特に被ばく医療については、「DMATがやるべきかどうか、議論するのに多大なる時間がかかってしまった」と明かした。