大会長を務める筑波メディカルセンター病院副院長の志真泰夫氏

 第15回日本緩和医療学会学術大会が6月18日と19日の2日間、東京国際フォーラムで開催された。がん対策基本法の施行以降、大きく変わりつつある緩和医療の現状と今後の課題が議論された。大会長を務める筑波メディカルセンター病院副院長の志真泰夫氏(写真)に話を聞いた。


── まず、癌の緩和医療における最近のトレンドをお聞かせください。

志真 緩和ケアというと、イコール癌と考えられてしまうのが、今の日本の状況なんですね。もちろんこれは日本だけではなく、ヨーロッパでも、あるいはカナダ、アメリカなど北米でも、同じです。本来、緩和ケアは癌だけを対象にしてはいないのですが、まず癌の緩和ケアについてお話をしたいと思います。

 2007年に「がん対策基本法」が施行され、同じ年に「がん対策基本計画」が発表されました。この中で緩和ケアは非常に重要な位置づけをされておりまして、2つポイントがあります。

 1つは、従来、緩和ケアは癌の治療がもうできなくなった時期、終末期から提供しましょうという考え方で来ていたのですが、WHOなどの新しい考えを受けて、癌と診断されたときから、あるいは治療の早い時期から緩和ケアを提供するという様に、この4〜5年で考え方が明らかに変わりました。

 それからもう1つは、それを受けて、癌診療に当たる医師はだれもが、基本的な緩和ケアの知識、あるいは技術、態度を身につけている必要があるということが示され、それが政策となって、全国的に緩和ケア研修会が展開されています。そのことによって、緩和ケアというのは実は「専門的な緩和ケア」と「基本的な緩和ケア」の2つに分けられるんだということが、医師の間にも看護師さんの間にも少しずつ浸透し始めています。

 基本的な緩和ケアというのは、癌の患者さんを診る医師、あるいは看る看護師であれば、基本的な能力としてだれもが身につけるべきものです。一方、専門的な緩和ケアというのは、緩和医療学会は今年度、「緩和医療専門医」を制度化しましたけれども、そういう専門医の人たち、あるいは専門看護師、認定看護師と呼ばれている人たちが提供する緩和ケアを指します。

 今回の学術大会を契機に、医療関係者の中でも、あるいは一般市民の中でも、緩和ケアというのはその2つに分けられるということが、少しずつ普及・浸透していけばいいなと私は思っています。
 
── 基本的なケアと専門的なケアは、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。

志真 基本的な緩和ケアというのは、5つの要素から成り立っています。

 まず第一は、きちんと症状を緩和してQOL(Quality of Life)を高める。延命させるということよりは、苦痛を緩和して毎日の生活を充実させることにポイントがある。
 
 それから第二は、これもよく言われることですけれども、患者さんを、例えば胃癌の患者さんとか肺癌の患者さんという様に、その患者さんの疾患、病気だけをみるのではなくて、体も心も社会的なこと、それからスピリチュアルなことも重視して、患者さんに全人的なアプローチをしていく。

 それから第三に、QOLを高めたり全人的アプローチをするためには、やはりコミュニケーションがしっかりできないと駄目です。従来、わが国の医療というのは、どちらかというと技術、新しい薬とか新しい手術とか新しい機械とかそういうことに走る傾向が強かったわけです。それも必要だけれども、医療の基本にある、しっかりコミュニケーションをとるということを重要視する。

 それから4つ目は、患者と家族をケアの1単位として、家族も含めてケアを提供するという考え方ですね。そして、5つ目は、患者さんの自主的な選択を促して尊重するということです。どうしても日本の場合は、患者さんよりは家族の言い分、医師の裁量の方が医療現場でも重視されてしまうので、これは基本的な考え方として医療現場にもう少し浸透させていく必要があると思います。

 これらをしっかり踏まえた臨床の実践が、基本的な緩和ケアと呼ばれているものです。

 日本緩和医療学会が2007年から始めたPEACEプロジェクトという基本的緩和ケアのための教育プログラムがあります。これは厚生労働省の委託を受けて、現在、基本的な緩和ケアを全国に普及させるための緩和ケア研修として実施されています。2010年2月現在で1万人を超える医師が緩和ケアの基本的な研修を受けていて、厚労省が修了証書を発行しています。

── それに対して専門的なケアというのは?

志真 専門的な緩和ケアを提供する人たちは、ある一定のトレーニング受けて資格を持った人たちということになりますね。

 基本的緩和ケアは、さっき言いましたように研修会とかそういうものを通じて習得していただくことになりますが、緩和ケアを専門とする人たちは、やはり、緩和ケア病棟とか緩和ケアチームの専門外来とか在宅緩和ケアといった、実際に緩和ケアや緩和医療を提供している場所で研修を受けるということが大事です。それと同時に、新しい治療法や新しいケアの方法、緩和ケアの持っている問題点などをしっかり研究して明らかにする。基本的な緩和ケアを教えるための教育的な能力も身につける。もう1つ私どもが重視しているのはコンサルテーション能力です。例えば、緩和ケアを専門としない人から相談を受けて、それに的確にアドバイスをしてあげることができる。

 今度の第15回日本緩和医療学会学術大会で初めて、緩和医療専門医の1期生が12人紹介されました。そのほかに、癌や緩和ケアを専門とする専門看護師、認定看護師があわせて1000人以上誕生しており、薬剤師も、緩和薬物療法認定薬剤師の制度が昨年できました。昨年度から緩和医療薬学会が認定しています。これらの人たちが、専門的な緩和ケアの中核というか中心を担っていくということになります。勿論、専門的な緩和ケアが確立するまでにはまだまだ道は遠い。

── 人が足りないということですか。

志真 そうですね、これから育てていくという段階だと思います。

 そのことを、この学術大会を通じて緩和医療学会の会員にもしっかり理解していただきたいと考え、プログラムもそんな方向で組みました。

 この大会の特色は3つほどあります。1つは、緩和医療学会はちょうど15周年を迎えますので、その15年を振り返る特別講演を、緩和医療学会からは私、それから、緩和医療学会と臨床腫瘍学会と両方で活動してこられた現理事長の江口研二先生、そして日本サイコオンコロジー学会の内冨庸介先生、国立がん研究センター中央病院看護部長の丸口ミサエさん、翌日に緩和医療薬学会の鈴木勉先生。これらの人たちに、それぞれの立場から、これまでの歴史と今後の展望をお話しいただく。

 それからもう1つは、これも基本的な緩和ケアの重要な要素になるわけですけれども、新しい診療ガイドラインが2つできます。「がん疼痛のガイドライン」と「鎮静のガイドライン」が学会の直前に、金原出版から発売になります。基本的な緩和ケアが普及していくために、今後このガイドラインの整備が常に重要ですが、これを出発点にしたいと思っています。

 それから地域緩和ケアという考え方が、この数年、海外でも注目されてきています。在宅や医療施設や介護施設などがラバラに運営されているのが日本の現状ですし、世界を見ても、イギリスでもオーストラリアでもアメリカでもそういう傾向が強いんですね。そうではなくて、病院や介護施設やホスピス、緩和ケア病棟、あるいは在宅ケアといったものが連携をして、地域の中で一定の完結をしていく。患者さんは、介護施設にいても病院にいても自宅にいても同じような緩和ケアが受けられて、必要なときに入院して、そうでないときには自宅で過ごせる。こういう考え方が、かなり注目されてきています。

 国際的にその面でいちばん進んでいるのはイギリスです。アジア・オセアニア地域で比較的進んでいるのがオーストラリアです。日本でも2008年から厚労省のがん戦略研究の一環として、地域緩和ケアの介入プログラムが、長崎と浜松と柏と鶴岡の4カ所でいま展開しています。その日本の状況に加えて、オーストラリアのDavid Brumley、それからイギリスのSam Ahmedzaiをお招きして、地域緩和ケアのシンポジウムを開催します。

 それプラス、今回初めて職種別のフォーラムを設けました。緩和医療学会というのは実は多職種の学会なんです。医師が50%、看護師が30%、そして薬剤師が10%、残りはソーシャルワーカーや臨床心理士など、非常に多彩な職種で構成されています。それは良いところもあるんですが、同時に、それぞれの職種の役割とか問題点というものが全体の中に薄まってしまって、それについての論議があまりできないということが、この15年間の一つの反省としてありました。そこで職種別のフォーラムを、それぞれの職種が自立していくきっかけにしようということで設けました。