医療従事者は、臨床で癌患者が怒りや否認を示す場面に、たびたび遭遇する。怒りに対しては患者の感情に惑わされずに奥にある本質を観察すること、否認については受け入れるべき否認と直面化を図るべき否認を判別し対応することが重要である。6月18日、19日と東京都で開催された第15回日本緩和医療学会学術大会のシンポジウム「こころを支える」で、埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科の大西秀樹氏が解説した。

 緩和ケアを提供する医療者は、癌患者の怒りや否認に遭遇することも多く、対応に苦慮し、疲弊することも少なくない。

 同シンポジウムでは、激しい怒りを看護師に向ける再発癌患者と、病状について否認を繰り返す再発癌患者を事例に挙げ、医師、臨床心理士、看護師がそれぞれの立場から対応について議論を交わした。

患者の怒りに振り回されない

 大西氏は、怒りを癌の診断などにともなう「適応のための感情」と説明した。治療が順調な時は発生しにくく、喪失や病気による負の結果、治療が順調にいかなくなった場合に生じることが多い。怒りの頻度は癌患者の訴えの9%に過ぎないことが報告されている。

 怒りには次の3種がある。「anger-in」、すなわち怒りを抑えている場合、ソーシャルサポートに負の影響を与える。「anger-control」、すなわち怒りを上手にコントロールしている場合、適応的でソーシャルサポートに良い影響を与える。「anger-out」、すなわち怒りを表現している場合、QOLの向上につながり、抑うつを減らす働きをする。

 怒りに対応するためには、怒りの感情に振り回されないことが重要だ。怒りという表出している現象の奥にある本質を観察するよう努める。患者が自分自身の辛さを他の人の責任に置き換えている可能性もある。論理的な対応は避けるべきである。患者が「あの看護師は良い」「あの看護師は悪い」と分け、スタッフを意図的に振り回す場合もあるが、スタッフ同士で対応を批判し合うことは、怒りの奥にある本質から目をそむけることになってしまう。怒りは個々で受けないようにし、スタッフ内の意見を統一しておくことが大切となる。

 患者の苦痛につながるコミュニケーションとして、共感的な態度を示すことが重要だ。その上で、不適応な行動は本人に良くないことを徐々に伝えていく。怒りと欲求不満を表現するよう促す精神療法も有効とされる。

 看護師が困惑し疲弊している状況を緩和するためには、現状を全員で共有し、怒りの背後に見えてくるものを整理する。短期に解決するものではないこと、スタッフのだれかが悪いのではないと確認することも重要だという。

 必要な鑑別診断として、人格障害、うつ病、統合失調症があり、また長年飲酒歴がある患者ではアルコールの影響、さらには否認も考慮する必要がある。

受け入れるべき否認と直面化を考慮すべき否認を判別

 次に大西氏は、否認について「現実の脅威となる局面を否定すること」と説明した。否認の働きについて、最近の研究では「辛い感情、出来事から逃れるため、日常的に行われている自己防衛的な機能」と解釈されている。否認の頻度は5〜50%と報告されている。

 否認はon-offの現象ではなく「プロセス」であり、程度は時間の経過とともに減弱することが多い。医療現場では診断の否認、衝撃の否認、感情の否認、回避行動などに分類される。ある時は有用、ある時は有害であるため、臨床ではどちらであるかを判断する必要がある。

 患者が自分の診断結果や今後の治療に質問をしなかった場合や、深刻な事態など何もないように話している場合は、否認に気がつくべきである。

 否認に対するケアの原則は、1)まず訴えを聴く、2)否認で本人が精神状態を保っている場合があるので強引な直面化は避ける、3)治療に重大な影響を及ぼす可能性がある場合、関係性を壊さないよう穏やかな直面化を図る、4)否認について家族に分かりやすく説明する、5)「あの患者は分かっていない」といった逆転移に注意する――とされる。

 否認はプロセスであることから、まず否認の状態を観察し、治療に悪影響がない場合はそのまま受け入れ、経過観察とする。今後の治療に影響するほど否認が強い状態が持続する場合、直面化を考慮する。

 必要な鑑別診断としては、意識障害、うつ病がある。

 癌患者の怒りと否認の背後にあるものは何か――。ここに着目することから、患者の心を支える医療が始まるのだ。