第50回日本婦人科腫瘍学会学術講演会が、7月22日から札幌市の札幌コンベンションセンターで開催される。会長を務める北海道大学大学院医学研究科生殖内分泌・腫瘍学分野教授の櫻木範明氏にトピックスを聞いた。



──今回の学会では「QOLの向上と最新治療を目指して」というテーマを掲げています。

櫻木 婦人科癌の治療に際し、北大では機能温存を旗印に掲げてきました。1つは卵巣の温存です。子宮頸癌の治療において、広汎子宮全摘術が行われますが、一般には子宮と同時に卵巣も切除するケースが多いのです。

 しかし、子宮頸癌は若い女性に多い癌です。ピークは30歳代、40歳代。妊娠出産する方々の病気なのです。こうした年齢層の患者に対しては、卵巣機能をいかに温存するかが重要ですし、手術によって腟を短縮してしまうこともできるだけ避けなければなりません。広汎子宮全摘術を行うと7〜8割の患者で性交障害が起こると言われています。さらに膀胱神経が障害される結果、術後の排尿障害が必発でした。こうした合併症はできるだけ避けなければなりません。我々は、神経が温存可能な術式を確立し、術後の排尿障害発症を大きく減らすことに成功しました。

 リンパ浮腫も同じです。リンパ節郭清は婦人科悪性腫瘍の手術治療に重要な役割を果たします。しかしその治療効果と術後リンパ浮腫などのリスクとのバランスを考えて個々の患者でその適応を吟味する必要があります。最近、子宮体癌のリンパ節郭清について、リンパ節転移の高リスク患者で、子宮体癌の腫瘍が大きい、浸潤が深い、低分化型であるといった場合、腎静脈までの傍大動脈リンパ節郭清を行うことが予後を改善することをLancet誌に報告しました(Lancet. 2010;375(9721):1165-1172)。この論文が明らかにしたようにリンパ節転移リスクがある場合の治療効果はかなりはっきりしています。しかし、下肢のリンパ浮腫の予防と早期治療は患者のQOLを考える上で非常に重要なポイントとなります。

 このように婦人科領域の癌治療においてQOLは非常に重要です。しかし、QOLのことだけを考えれば、手術で切除する領域はできるだけ小さい方が良いわけですが、実際には大きな手術が必要な場合も多いのです。そのため、どこまで切除すべきか、予後を改善し、同時にQOLを維持するための個別化が必要となります。術前にどうやって判断するかが現在の我々の重要なテーマで、MRIや腫瘍マーカー、分子生物学的マーカーによってリンパ節転移のスコアリングができないか研究を進めています。今学会でも多くの演題が発表されるので、議論を深めていただきたいと思います。

──いかに予後改善とQOL維持を両立させるか、ということですね。

櫻木 そうです。ただ、この問題を突き詰めていくと一番大切なのは予防だということになります。排尿障害の発症が80%で、それを手術の工夫により10%にまで減らしたとしてもまだ10%の患者は排尿障害に苦しむわけです。ゼロにするには大きな手術を必要とするがんの発生そのものを予防することが最も効果的です。

 子宮頸癌はHPV(ヒトパピローマウイルス)が原因で発生します。最近、HPVワクチンが利用可能となり、初めて予防が可能となりうる癌になってきました。もちろん100%予防はできないのですが、発症を大きく減らすことが出来ます。

 ただし、ワクチンの情報が普及する一方で、「ワクチンを1回打ったら、もう子宮頸癌は心配ないんだ」という誤解が広がってしまうことも懸念しています。ワクチンで予防できるのは特定の型のHPVに起因するものだけです。同時に検診も重要です。そのため、今回の婦人科腫瘍学会の前日に市民公開講座を開催します。市民公開講座のテーマを予防に絞り、多くの一般の方に聞いていただきたいと思います。

──3月、4月にはTVで子宮頸癌の啓発のためのCMが頻繁に流れました。

櫻木 そうですね。しかし、まだまだ一般的な意識は高くありません。

 例えば、端的な例は夫婦にあります。一般に、夫が癌にならないよう、胃カメラを受けろ、肺癌検診を受けろ、と積極的に妻が夫に声をかけるケースは多いでしょう。しかし、夫から妻に、子宮癌検診を受けないか、と声をかけるケースは稀ではないでしょうか。夫や父親の積極性が不足しています。もっと男性も知識を持ち、自分の妻、娘のことを考える必要があります。

 子宮頸癌は早くにがん検診が導入された癌の1つであり、女性では胃癌と並んで最も死亡数が多い癌でした。過去には30歳代、40歳代の検診受診率は非常に高かったのです。しかし、その後、この若い年齢層の受診者が減少し、現在では50歳代、60歳代の女性が多くを占めるようになっています。この理由としては、検診導入により子宮頸がん死亡数が減少して子宮頸癌に対する恐怖心が薄らいでしまったこと、がん検診を連続して受ける人が多い一方で新たに検診を受ける人が少なくなっていること、国ががん検診に対して支出していた補助金を打ち切った(一般財源化した)ことにより自治体の検診受診を促進するモチベーションが低下したことなどが考えられます。海外では20歳代、30歳代の検診受診率が最も高いというのに、現在の日本では、この年代が最も低いという状況です。この年代の検診受診率を向上させなければなりません。

 ワクチンが登場したことで再び子宮癌に対して注目度が高まってきています。今、同時に検診の有効性に対する認知度も上げていきたいと思います。

──そのほかのトピックスはいかがでしょうか?

櫻木 子宮頸癌は放射線の感受性が高い扁平上皮癌が多いので、放射線療法がよく行われます。日本でも、III期、IV期は放射線治療が第一選択です。

 欧米と異なっているのはIIb期で、米国、イギリスでは手術はしません。日本では手術が第一選択で、放射線治療も選択肢です。イタリアやドイツでも積極的に手術が行われています。同じ子宮頸癌手術と言っても、日本と欧米では術式が異なっており、米国やイギリスの広汎子宮全摘術ではIIb期に対応できないのです。日本は手術偏重ではないかとの指摘もありますが、国際産婦人科連合(FIGO)の年次報告書を見ても、IIb期の予後は日本の方が良いのです。また、放射線治療を行うと卵巣機能が消失し、腟周囲組織の線維化で腟壁が堅くなり、性交障害が起こりやすい。国によって術式が異なりますし、QOLの観点から考えても日本の治療方針は日本人に適していると思います。

 海外では子宮頸癌や子宮体癌の治療に内視鏡手術やロボット支援手術がどんどん導入されています。わが国ではこの面で諸外国に遅れを取っており、今回の学会では海外から演者を招いてシンポジウムも組んでいます。

 また、日本人女性患者にどのようなスケジュールで同時化学放射線療法を実施すべきか、その効果はどうかについて議論されてきましたが、今回もシンポジウムを組んでいます。分子標的治療については、これまで婦人科癌に効果のあるものがありませんでしたが、最近、いくつか注目される知見が得られてきました。学会では、米国臨床腫瘍学会(ASCO)のトピックスを紹介するシンポジウムを準備しています。婦人科腫瘍学会は、婦人科医、放射線科医、病理医、腫瘍内科医と、婦人科癌を診る全ての領域の医師が参加していますので、活発に議論してもらいたいと思います。

 卵巣癌においては、新薬の導入や術式・手術器具の改良で、5年生存率は向上しました。ただし、まだ10年生存率は低く、さらに予後を改善するため、最近では免疫療法にも注目が集まっています。今学会では、米国で卵巣癌の化学療法−免疫療法併用治療についての研究の第一人者であるGeorge Coukos氏に講演していただくことにしました。

──最後に、北大産婦人科では、医局を社団法人化されています。

櫻木 北大産婦人科では水上尚典教授が産科を担当し、私が婦人科を担当しています。私どもは2008年に医局を一般社団法人化し、名前をWIND(女性の健康と医療を守る医師連合)としました。

 医局とはどういう組織で、何のためにあるのか? この疑問に対してこれまでの医局は明確に答えられませんでした。全国各地に医局はありますが、その医局が何を目的としていて、どんな方針で運営されているのかは外部からはよく分からないと思います。医局に対する世間の誤解も多かったのではないでしょうか。

 一方で、産婦人科医師不足による産婦人科の危機が叫ばれ、北海道もまた産婦人科医療の崩壊の危機にありました。

 医局に対して誤解が生まれるのは「医局」の定義がはっきりしないからです。そこで、法人化することで定款を作成し、組織の目的を明確化することをめざして法人化しました。

 また、この法人のミッションは、産婦人科医を育成して、地域医療を守ることです。若い学生に産婦人科医になるという気持ちを持ってもらうには、働く環境と教育を受ける環境を魅力あるものに整える必要があります。そのためには大学と市中病院が連携して若い医師を育てる仕組み作ること、大学ばかりでなく市中病院も若手医師育成に責任を共有すること、若手医師が安心して教育病院をローテーションできる体制が必要だと思いました。

 WINDでは、地域の病院にて多くの症例経験を積んでもらう一方で、大学で専門医としての高度医療や研究の経験を積んでもらうプログラムを実施しています。また、労働環境の適正化や勤務条件、待遇の公平性を保つべく、WINDの社員である域内の医師たちと議論を続けています。

 こうした活動が若い人に響いたのか、WINDの社員、つまり入会医師数が増加傾向にあります。若い人ほど、よく学びたいと思い、また一人前の産婦人科医となって活躍したいと望んでいるのを実感します。

 初期臨床研修制度導入直後の2004年、2005年には多くの大学と同様に、本学医局に入局した医師は0となってしまいましたが、医局の法人化以降、WINDに入会する医師の数は毎年5人以上となり、今年は10人と増加傾向にあります。今後も充実した研修機会を提供し続ける努力を継続して、地域の産婦人科医療を守っていきたいと思います。