呼吸器外科手術における術後回復強化(enhanced recovery after surgery:ERAS)プロトコールについて、術前経口補水の導入は、肺炎などの合併症の増加はみられず、術前・術中の脱水状態を安全に改善できる可能性が、レトロスペクティブな検討から示唆された。一方、術後の各因子への有意な影響は認められなかった。11月21日から22日まで東京都で開催された第54回日本肺癌学会総会で、東京医科大学八王子医療センター呼吸器外科の工藤勇人氏が発表した。

 ERASは、エビデンスに基づいて作成された術後の回復力強化プログラムで、術後のインスリン抵抗性の改善、消化管機能の正常化により、術後回復能力を強化させることを目的とする。ERASプロトコールの主な要素には、「液体・炭水化物を投与/絶食をしない」「麻酔前の投薬をしない」「胃管不使用」「胸部硬膜外麻酔・鎮痛」「短時間作用型麻酔薬」「ナトリウム、水を過剰投与しない」「悪心嘔吐防止」「術後オピオイド不使用、NSAIDs使用」「腸管前処置を行わない」「周術期の経口栄養」などが含まれる。

 ERASプロトコールは、術後患者の生理的機能を維持させる包括的アプローチとして消化器外科領域で注目され、海外では結腸切除術を中心に、合併症発症率の低下や術後入院期間の短縮などが報告されている。

 呼吸器外科領域ではERASプロトコールの報告は少ないことから、工藤氏らは、ERASプロトコールに関連する要素のうち、術前経口補水導入が呼吸器外科手術の周術期管理にどのように影響するかを明らかにすることを目的として、検討を行った。

 対象は、2012年4月以降に肺癌・肺癌疑いで肺葉切除術、肺区域切除術が施行された114例。同院ではERASプロトコールを2013年1月より開始しており、ERAS群と非ERAS群に分け、レトロスペクティブに周術期の因子を検討し、安全性や有用性を評価した。

 非ERAS群では、午前中の手術の場合は前日21時以降禁飲食とし、午後の手術の場合は禁飲食を継続し、当日の朝より補液を行った。同院のプロトコールでは、ERAS群では、午前中の手術の場合は、当日の朝7時までに術前炭水化物ドリンク(アルジネードウォーター)125mLを2本摂取させ、飲水は可とする。午後の手術の場合は、朝10時までに同ドリンクを4本摂取させ、飲水は可とし、補液は行わない場合が多い。緊急手術患者、嚥下障害や反回神経麻痺のある患者、消化管狭窄や消化管機能障害がある患者、気道確保困難が予想される患者などは、ERASプロトコールから除外している。

 ERAS群31例と非ERAS群83例の患者背景に有意差はなく、年齢中央値はそれぞれ71.0歳と72.0歳、男性はそれぞれ18例と47例だった。肺葉切除術と区域切除術は、ERAS群では29例と2例、非ERAS群では74例と9例で行われた。

 周術期の因子を比較すると、ERAS群と非ERAS群において、手術時間、出血量に有意差はなかった(それぞれp=0.40、p=0.15)。術中輸液量も両群で差はなかった(p=0.40)。

 ただし、術中尿量は、非ERAS群よりもERAS群で多い傾向を認めた(p=0.09)。工藤氏は「ERASにより術前・術中の脱水状態の改善を図ることができた可能性がある」とコメントした。

 経口摂取が再開となる術後1日目までの輸液量、術後尿量は、両群で差はなかった(それぞれp=0.17、p=0.21)。

 術後1日目の食事摂取量、術後の悪心・嘔吐の有無は、両群で差はなかった(それぞれp=0.94、p=0.72)。

 術後合併症は、ERAS群8例、非ERAS群17例に発現し、両群で差はなかった(p=0.55)。術後肺炎、乳び胸は非ERAS群でそれぞれ1例と2例に発現したが、ERAS群では肺炎などは発現せず、術後合併症の頻度の上昇はみられなかった。

 ドレーン留置期間は、ERAS群4日、非ERAS群5日、術後在院日数はいずれも7日で、両群で差はなかった(それぞれp=0.12、p=0.60)。

 工藤氏は「今回の検討では、術後合併症の増加はないことが示されたが、術後回復に関する有意な影響はみられなかった。ERASプロトコールによる患者の満足度は大きいと考えられるが、今回は評価していない。呼吸器外科領域では何を評価項目にするかが課題となる」と述べた。