福島県立医科大学の渡辺毅氏

 福島県の災害は収束していません。いまだon-goingです――。横浜で開催された日本透析医学会の緊急企画「東日本大震災透析医療:被災地からの報告」で、追加発言を行った福島県立医科大学渡辺毅氏(写真)の言葉だ。福島は地震、津波そして原発事故と三重苦の中にあると指摘。「安心して住める福島県を如何に取り戻すか」が喫急の課題であると訴えた。

 渡辺氏は、大震災発生時からのステージごとに、内科を中心に福島医大の活動を紹介した。それによると、震災発生直後は、災害医療対応が主だった。震災患者の受け入れは約1000人に達した。この「超急性期」においては、腎臓高血圧内科では県からの救護班依頼業務、外来透析患者の確認、透析施設の物品・水の確保が活動の中心となった。

 震災後1週からは、次のステージに移った。渡辺氏が「急性期」と位置づけるこの時期は、退避患者の対応が柱となった。具体的には、被災地病院の入院透析患者の受け入れと搬送業務が中心だった。具体的には、いわき相双地区5病院の患者を受け入れた。搬送対象者は約1500人、搬送中継のトリアージの対象者は175人だった。重症患者は125人で入院加療となった。また、断水した同院への受け入れ不可能だった入院透析患者16人は、東大、帝京大へ搬送した。

 福島県立医大病院がようやく通常外来や手術が再開できたのは、震災後2週間から。この「慢性期」では、避難住民対策が柱で、避難所の患者の診療、県内外の避難透析患者の復帰支援活動が中心だった。また、広域巡回医療支援として、高度医療緊急支援チーム、地域・家庭医療チーム、専門医療コンサルテーションチームが今も活動している。

 ほかの被災地と際立って異なるのは、超急性期、急性期、そして慢性期にわたって、原発事故への対応がいまだに継続している点だ。渡辺氏が「福島県の災害は収束していません」と訴えたのは、原発事故の収束が見えない「福島の現実」を知ってほしいからにほかならない。これまでに高度被爆者12人の除染に当たり、うち3人が入院となった。また被災者放射線サーベイは約500人に対して実施した。

 渡辺氏は、対応の面で重要だったのは、「情報の共有化と指示系統の一本化」だったと振り返った。特に、超急性期には日に3回、急性期は日に2回、慢性期は日に1回と実施してきた「全学ミーティング」は、院内情報と指揮系統の共有に必須だったという。また、課題としては、電話やファクスがほぼ不通になるなど、通信手段が途絶えたことが大きかったと指摘した。今後の対策としては、「日頃の地域医療連携が危機の際に生きてくる」とし、また「メーリングリストによる出所の明確な情報は、重要な情報源でかつ心の支えになった」と強調。平時から関連メーリングリストを準備し運営することが肝心とした。「領域別のみでなく地域を対象としたメーリングリストも必要」(渡辺氏)という。

 最後に、4月17日に花見山に出向いた際に撮影したという美しい福島の風景をスライドで紹介した渡辺氏は、「三重苦の福島にも春はやってきた」とコメント。「復興に向けて、がんばっぺ福島!」のスローガンを示し、追加発言を締めくくった。

(日経メディカル別冊編集)