東北大学加齢医学研究所脳科学研究部門の荒井啓行氏

 「疾患修飾薬」として開発が進められているアルツハイマー病(AD)治療薬の主たる対象は、認知症を発症する前段階の患者となりそうだ。11月8日から10日まで長野県松本市で開催されている第32回日本認知症学会で、東北大学加齢医学研究所脳科学研究部門の荒井啓行氏は、AD薬物治療の現状と展望をレビューした。

 ADの原因は、コリン作動性ニューロンの機能低下に伴う利用可能なアセチルコリンの減少にあるとする「アセチルコリン仮説」から、まずコリンエステラーゼ阻害薬が開発された。我が国では現在、ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミンの3剤が使用可能なほか、グルタミン酸神経系であるNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)受容体を阻害するメマンチンも発売されている。

 それぞれの薬剤は適応症に記された認知症のステージや剤型などに差があり、治療の選択肢が増えてはいるが、いずれも症状改善薬であり根治を期待することはできない。そのためAD治療に対する患者・家族の満足度は、他疾患に比べていまだ低いのが現状だ。

 一方、近年の研究から、症状が出るかなり以前から脳内に蓄積するアミロイドβ蛋白がADの進行や認知症発症に深く関係しているという「アミロイド仮説」が重視されるようになった。アミロイドPETによる検討では、剖検による所見より15年ほど前から、アミロイドβ蛋白の蓄積が確認できるという。

 このアミロイド仮説に立脚すれば、「No amyloid, no Alzheimer」、つまりアミロイドを除去できればAD型認知症には至らないということになる。アミロイドやタウ蛋白など、ADの発症と深く関連する物質に直接作用する薬剤は、「疾患修飾薬」と呼ばれる。

 具体的には抗アミロイド療法として、アミロイドβ蛋白の生成に関与するβおよびγセクレターゼの阻害薬、アミロイドβ蛋白モノマーの重合を阻害する凝集阻害薬、さらに生成したアミロイドβ線維を除去するアミロイドワクチンなどの開発が始められた。

 ところが開発競争の先頭を走っていたアミロイドワクチン(AN1792)では、第2相試験で自己免疫性脳炎の発症が見られ、開発が中止された。しかもワクチンが投与された患者において、剖検所見で老人斑は減少していたが、生存期間の延長や認知症の進行抑制効果は認められなかった。

 この治験不成功から、疾患修飾薬による治療は認知症を発症した患者では既に遅く、もっと早期の患者を対象にすべきということになった。しかし、現時点で認知機能低下の出現前にADの診断を確実に行える検査法はまだ確立しておらず、アミロイドやタウ蛋白を標的とするPETイメージングなどバイオマーカーの研究が精力的に続けられている。

 このような中、2013年に米国で始まったAnti-Amyloid treatment in Asymptomatic AD(A4)試験では、アミロイドPETによって脳内にアミロイドβ蛋白の集積が認められたが、まだ認知障害は生じていないpreclinical ADを対象に、抗アミロイド療法を行って認知機能低下が抑制できるかを評価するという。さらに、家族性ADの家系内の未発症者を対象に抗アミロイド薬を投与する発症予防試験も始まった。

 これからのADの薬物治療について荒井氏は、「PETイメージングなどによる認知症発症前の診断に基づき、いわゆる未病の段階から治療を行う“先制医療”の考え方で行われることになるだろう」との見方を示した。