HER2発現量やリン酸化の程度から治療効果を考える

 次に戸井氏が、抗ヒト化モノクローナル抗体であるトラスツズマブによる抗HER療法の治療効果と耐性についてレビューするとともに、耐性症例に対する新しい分子標的薬の治療効果の可能性についても言及した。

 トラスツズマブによる抗HER療法を検討するためには、HER2そのものの発現量、細胞内でのリン酸化と治療効果との関連、さらに免疫学的な関与を理解する必要がある。

 HER2発現量に関しては、定量性の乏しいFISH、免疫染色(IHC)法に比べ、eTagアッセイは個々の分子の定量化が可能である。戸井氏らがベルギーでの悪性(転移性)乳がん症例(原発性腫瘍細胞)を検討した研究で、生存率においてHER2発現量とH2T、H22Dとの相関性を検討した結果で、トラスツズマブ単独もしくはトラスツズマブ+化学療法併用の治療効果はHER2高度発現症例で高いことを認めた。

図4 NSABP B31試験結果の概要(画像をクリックすると拡大します)

 HER2発現症例でトラスツズマブの治療効果が認められているが、FISHによる陰性例でのトラスツズマブの効果を検討したNSABP B31試験では、FISH陽性、FISH陰性、IHC陽性、IHC陰性の症例すべてで治療効果の有意差が認められ、ハザード比も大差なかった(図4)。このことから、重度な再発乳癌症例でトラスツズマブ単独の効果が得られるのはHER陽性のケースであり、一方、軽度な再発乳癌症例である場合は、アジュバンド療法によりHER発現量が低くても効果が認められることが示唆された。

リン酸化に対し単独と併用療法では治療効果パターン異なる

 リン酸化とトラスツズマブの治療効果との関連性に関しては、悪性乳癌症例でトラスツズマブの効果を検討した研究で、トラスツズマブ単独ではリン酸化陰性例で治療効果が高く、トラスツズマブ+化学療法併用では、特にHER2リン酸化陽性例で治療効果高いことが示され、効果パターンは異なっていた。

 そのため、トラスツズマブは、単独と併用療法における作用メカニズムを分けて考える必要ある。また、HER2あるいはHER1のリン酸化への依存性が重要である。リン酸化の有無で治療効果が異なることを断定することは難しいが、化学療法の有無で効果あるいは予測が異なる点が将来的に重要となる。

 リン酸化に関しては、p95変異HER2がトラスツズマブに強い抵抗性を示すことが知られている。チロシンキナーゼ阻害作用を有する新しい分子標的薬ラパチニブは、in vitroでトラスツズマブ耐性細胞に対する効果と、p95変異 HER2蛋白発現腫瘍に対する効果が認められている。

免疫細胞の活性化促すADCC

 トラスツズマブの免疫学的関与、特に治療効果に関与するADCC(抗体依存性細胞障害活性)については、まだ十分に研究が進んでいない。ADCCとは、抗体によりキラー細胞、マクロファージが活性化され、抗腫瘍効果が高まる作用であるが、抗体治療によるADCCの惹起をみると、ヒト乳癌ではwild typeにおいてトラスツズマブによる腫瘍縮小効果が認められている。

 ADCC活性を高めるために、トラスツズマブのフコース(メチル糖)を切断したdefucosulatedトラスツズマブが作製された。このdefucosulatedトラスツズマブを用いて、HER2発現量の少ないNCF-7細胞と発現量の高いSK-BR-3細胞で、トラスツズマブのADCC活性を比較した結果、NCF-7ではdefucosulatedトラスツズマブによりACDD活性が高まること、一方、SK-BR-3では濃度が高まるにつれ両者間のADCC活性の差がなくなることが判明した。このことから、ACDD活性はHER2の発現量に依存しないこと、またHER2過剰発現例ではACDD活性の効果は頭打ちになることが示された。

重要性増すPTENおよび P13K経路の役割

 トラスツズマブの耐性を検討する上で、最近、重要性が増してきているのが、細胞内でのPTENおよび P13K経路の役割だ。癌抑制因子であるPTENは、その活性によりトラスツズマブの治療効果を高める一方で、活性の消失はトラスツズマブ耐性の指標となる。またPIK3CAの刺激によるP13キナーゼ経路の活性化は、トラスツズマブ耐性をもたらすことが明らかになっており、PIK3CAの遺伝子増幅や発現増強は指標となる。。

 こうした細胞内チロシンキナーゼ経路の活性化を阻害し、トラスツズマブ耐性を克服するためには、新しいAKT阻害薬、mTOR阻害薬、P13K阻害薬、MET阻害薬、SRC阻害薬などの開発が望まれている。ただし、これら薬剤はトラスツズマブ、pertuzumab、lapatinibにとって代わるものではなく、あくまでも併用療法により効果が得られるものだといえ、抗HER療法の効果を高めるためには、シグナル経路の転換もしくは抑制の観点からのアプローチが重要となるとセミナーを締めくくった。