第49回日本肺癌学会総会が11月13日から開催された。会長を務めた産業医科大学第二外科教授の安元公正氏に話をうかがった。


──今回の学会のテーマは「個別化と標準化のための肺癌学の基礎」でした。その狙いを改めてご解説ください。

安元 肺癌では、組織型、病期の進行度に応じて標準的と言われる画一的な治療が行われてきました。外科治療であれば、肺葉切除+リンパ節郭清が標準術式であり、化学療法ではプラチナ系薬剤中心、放射線療法も同様でした。しかし、実際には、これらの標準治療を行っても治療結果が良い患者と悪い患者が出ます。従って、治療の適応を決めるにはまず個別化が必要です。新しい治療法にも当然、効く患者と効かない患者がいます。患者1人1人をに合った治療法を選択しなければなりません。

 一方で、1人1人の患者をその都度入念に網羅的に調べるのは膨大なコストがかかります。そのため、ある治療法に有効な患者グループと無効な患者グループとを分けて、どのような遺伝子的背景がその選別に有効なのかを確立し、その遺伝子情報を基に治療法を決定する。それが標準化につながります。ですから、個別化と標準化は常に表裏一体です。

──既に個別化と標準化は確立しているのではないかでしょうか。

安元 外科手術の現在の標準術式自体は1950年代に確立しました。しかし、最近、肺癌自体が変わってきています。過去は扁平上皮癌が多かったのに、最近では腺癌が一番多くなっています。また、腺癌の中でも、小型の非浸潤型が増えています。また、高齢者の肺癌患者も増えています。

 画像診断技術などの向上によって、これまでの単純X線写真では発見できないような小型のスリガラス陰影を呈する早期の肺癌が見つかるようになったことに加え、このように肺癌自体の発生状況が変わっているので、全てに標準術式を適応すべきなのかどうかを検討しなければならなくなってきました。末梢小型肺癌に対する縮小手術の適応基準が検討されています。

 新しい抗癌剤である分子標的治療薬、例えば、EGFR上皮成長因子受容体)阻害薬では、特定のEGFRの変異があると著効を示すことが明らかになってきました。従来から使われてきた細胞毒性型抗癌剤においても、ERCC1、RRM1など、抗癌剤の効果を左右する遺伝子型があることが明らかになってきました。

 肺癌発生・進展の要因が研究によって明らかになってきたこと、また診断技術の進歩などが重なって治療の面で急速な変化が起こっています。そのため、個別化と標準化はますます重要になっているのです。

──先生は外科医である一方、腫瘍免疫が研究テーマです。

安元 固形癌の場合、切除した腫瘍を病理学的に検査する一方で、患者から承諾が得られれば一部を研究試料として使うことができます。切除は外科医が行うわけですから、貴重な試料を手にすることができる立場なのです。外科医がその試料を使って研究しなくて、いったい誰がするのでしょう。

 私は腫瘍免疫という観点から研究を続けてきました。免疫とは機能的にダイナミックな反応を観察しなければならないことから、研究するには生きた癌細胞やリンパ球が必要です。外科医は生きた細胞を入手できるわけですから、外科医こそが行わなければならない研究テーマだと思っています。

──免疫療法は効果がないのではないかという指摘もあります。

安元 我々は入手した癌組織から癌細胞株を樹立し、自己のリンパ球を使ってCTL細胞傷害性T細胞)を誘導し、CTLクローンを樹立しています。このCTLクローンが認識する抗原を同定する研究を行っています。これらの抗原は、実際に自己の癌細胞を傷害できる能力を持ったCTLクローンが認識する抗原として単離していますので、体内でCTLを誘導できる能力を持つ癌抗原だと思っています。癌細胞を傷害することが確認されるので、自信を持って研究を進められます。

 ただ、癌には、抗原を提示する機能を持つHLA classIの欠失など、免疫学的な逃避機構があります。しかも、免疫療法は多くの場合、他の治療が無効で、進行期や末期の患者に試みられることになっています。このような時期では患者の免疫自体が抑制されていて、免疫療法の効果を出そうというのは難しいと思います。

 患者の免疫機能が低下してしまっていたり癌が逃避機構を獲得してしまっているのに免疫療法が効果を発揮するとは考えられません。残っている癌細胞が極少ない時期、例えば術後アジュバント療法などで効果を見極めることが必要です。

──免疫療法には、標準治療に対して影響を与えないから、同時に行うことができるのがメリットだという指摘があります。

安元 そこは非常に難しいところです。術後補助化学療法自体の奏効率はまだ高くありませんが、ガイドラインに掲載されているので、術後に化学療法を行わずに免疫療法を行うことは倫理的に問題があります。そのため、免疫療法の有効性を確認するための“術後補助免疫療法”の臨床試験は化学療法の後に免疫療法を行うデザインにせざるを得ません。ひょっとしたら免疫療法を受けてから化学療法を受けた方がいいのかもしれませんし、純粋に免疫療法の有効性を評価したいと思うのですが、標準療法を無視できません。

 ただ、こうした中でも、免疫化学療法で高い奏効率が得られたといった発表が昨年の世界肺癌学会(IASLC)で5件ほどなされています。どう工夫していくかがポイントですね。

──まだまだ研究は続きます。

安元 簡単ではありませんが、少しずつでも前進していきたいと思います。

 最近、臨床系の学会では専門医制度を推奨していますし、専門医資格を取得するために大学院に進学しない若者が増えています。しかし、医者の楽しみ、冥利とは研究することによる医学への貢献ひいては患者への貢献にあるのではないでしょうか。

 専門医になるということは、現状で最高の技術と知識を手に入れることです。しかし、現状がいつも最高であるわけではなく、常に進歩があるわけです。専門医というだけでは、その進歩に寄与できず、常に後から付いていくことになります。

 誤解を恐れずに言えば、最先端とはいえ、決まりきった標準となったことをするだけなら医者でなくてもロボットで足りると言うことになるかもしれません。専門医とは常に皆をリードする立場であり、最先端のさらに先へ進んで行かねばならない立場だと思っています。日々の仕事に忙殺されていては医者としての価値は半減してしまいます。常に考えて前進する力を持つことが重要だと思います。