国立がん研究センター中央病院総合内科・歯科・がん救急科の大橋健氏

 糖尿病を併発した患者は増え続けているが、こうした患者への治療方針はガイドラインなどで明確に示されていない。国立がん研究センター中央病院総合内科・歯科・がん救急科の大橋健氏は、2010年に同院に開設された「糖尿病腫瘍外来」での診療経験を踏まえ、癌を合併した糖尿病患者の治療方針について、5月16日から熊本で開催されている日本糖尿病学会(JDS2013)で解説した。

 日本糖尿病学会の調査によると、1990年以降、糖尿病患者の死因の第1位は悪性新生物となっている。また、糖尿病患者は非糖尿病患者に比べて、癌死亡リスクが上昇することも報告されている。

 まず大橋氏は、糖尿病患者で癌死亡リスクが上昇する原因について考察した。腎機能低下などの糖尿病症状を考慮せざるを得ず癌治療のファーストラインを選択できない場合があり、あるいは抗癌剤を減量投与することで十分な治療効果が得られにくいなどの可能性もあると指摘した。このほか、糖尿病を合併した癌患者の術後死亡率が高いとする報告や、高血糖状態では抗癌剤が効きにくい可能性があることを示した基礎研究があることを紹介。その上で、「糖尿病患者の癌治療では、糖尿病でない人と同等の、安全かつ有効な治療が受けられるようにすることが重要」と強調し、周術期や化学療法時での糖尿病治療の注意点について解説した。

 術前は、手術を安全に実施できる範囲の血糖値まで下げることが求められる。術前の血糖コントロールについては、空腹時血糖が100〜140mg/dL、食後血糖が200mg/dL以下、尿ケトン体が陰性、尿糖が1+以下または尿糖排泄量が1日の糖質摂取量の10%以下――を提示。短期間で血糖値を下げたい場合には、血糖値を元に翌日の責任インスリンを決定する補正的スライディング法が有用であるとした。

 術後のインスリン投与は、皮下からの吸収が不安定になるため、輸液中のブドウ糖5〜10g当たり1単位の速効型インスリンを点滴に混ぜて投与する方法、もしくはシリンジポンプを用いた少量持続静注が有用であるとアドバイスした。

 化学療法時は、悪心予防のために投与されるステロイドによって、高血糖状態になることがあるほか、悪心・嘔吐や食欲不振で食事量が減少することがあり、「注意が必要」と指摘した。たとえば、作用時間が比較的短いプレドニゾロンは、昼食後から夕方に高血糖を示すが、空腹時血糖値が上昇しないという特徴がある。一方、作用時間が長いデキサメタゾンは1日を通じて高血糖を示し、投与終了1〜2日後も影響が残る。

 ステロイドによる高血糖に対しては、毎食ごとに速効型もしくは超速効型インスリンを投与し、デキサメタゾンの場合には持効型インスリンの追加を検討するのが良いと言及。すでにインスリン強化療法を実施している患者の場合は、インスリン投与量を1.5〜2倍に増量すると良好な血糖コントロールが得られるという。食欲不振時には、摂取した主食量に応じて超速効型インスリンを皮下注する。具体的には、食事量が通常量の7割以上摂取できた場合は全量、3〜7割未満は半量を投与し、3割未満の場合は注射しないという具合だ。SU薬などの内服薬は低血糖に注意し、減量や中止を考慮するよう求めた。

 さらに、癌の分子標的治療薬やホルモン療法薬などによって高血糖が起こるため、注意が必要であることにも触れた。分子標的治療薬の中にはインスリンシグナル伝達の重要な分子を標的にした薬剤があるため、最適な治療法については慎重な検討が必要と補足した。

 また大橋氏は、糖尿病の既往がない癌患者では「糖尿病症状が見逃されがちである」とも指摘。糖尿病既往のない癌患者で意識障害が出現した際、当初は脳転移や髄膜炎が疑われていたが、実は糖尿病による高血糖や低血糖が原因だったという症例を紹介した。

 終末期の癌患者については、患者のQOLに配慮し、糖尿病の治療選択肢を提示することが重要だという。「予後が短い場合、血糖値は400mg/dLを超えない程度にコントロールし、昏睡状態にならなければよいというのが、癌治療医のコンセンサスかもしれない」と前置きした上で、大橋氏は自身が経験した患者とのやりとりを紹介。患者は「癌は、頑張っても良くならないけれど、血糖値は自己管理で改善する。医者に“良くなった”なんて言われたのは数年ぶり。だから自分のために糖尿病治療を継続したい」と語ったという。「私たち医師が一方的に糖尿病治療方針を決定するのではなく、患者のインフォームド・チョイスを尊重することが大切ではないか」と語りかけた。

 最後に大橋氏は、癌患者の糖尿病管理を適切に実施するためには、院内全体の糖尿病管理の質を向上させることが不可欠だと強調し、日本糖尿病療養指導士の協力を求めた。