日本大学医学部糖尿病代謝内科の石原寿光氏

 日本でも糖尿病治療薬として2009年12月よりインクレチン製剤が登場し、治療のアプローチが大きく変わる可能性がある。そうした状況の中、札幌で開催された日本糖尿病学会JDS2011)において、日本大学医学部糖尿病代謝内科の石原寿光氏(写真)は、膵β細胞を保護し、厳格な血糖コントロールを達成する上でインスリン療法がいかに有用であるかを、最新の知見を交えながら概説した。

 冒頭で石原氏は「より正常に近いHbA1c値を達成するためには、このインクレチン時代においても、最優先に考慮されるべきはインスリンだ」と述べ、インスリン治療の重要性を強調した。

 糖尿病患者では、HbA1c値が高くなるほど細小血管、大血管合併症のリスクが上昇するが、治療介入によりHbA1c値を1%低下させると、血糖依存性の高い細小血管合併症のリスクは著しく低下し、血圧や血清脂質の影響が強い大血管合併症のリスクもある程度低下することが、UKPDS 35のサブ解析から推測される。しかし、経口血糖降下薬だけでは血糖コントロールが不十分な患者は多く、小林正氏らの調査によると、複数の経口血糖降下薬を併用している患者の26%が、HbA1c値 8.0%超のままで、ほぼ6割の患者で7.0%未満を達成できない。

 石原氏は自身の治療方針として、HbA1c値が8.0%を超えたら一度はインスリン治療を試してみることを患者に勧めているが、注射を嫌い受け入れてもらえないことも多いという。渥美義仁氏らによる調査でもインスリン導入時のHbA1c値は、10.1%であることが報告されている。

 2型糖尿病は末梢におけるインスリン抵抗性の増悪、膵β細胞数の減少に伴うインスリン分泌能の低下に伴って発症する。過剰な栄養状態が続くと、血糖を低下させるためにβ細胞からのインスリン産生量が増加。産生されるインスリンの中には不完全な分子も含まれており、インスリンの過剰産生下ではそれが小胞体に蓄積され、小胞体ストレスとなってアポトーシスを誘導する。これらが膵β細胞数が減少する機序の1つだと考えられている。糖毒性によるβ細胞の疲弊を予防するためにも、早期にインスリン治療を導入して良好な血糖コントロールを維持し、β細胞を休ませることが重要となる。

 韓国のNohらは、2型糖尿病患者に持続的皮下インスリン注入療法(CSII)を行い厳格な血糖コントロールを数年間維持することで、C-ペプチドが徐々に増加することを報告した。一方、中国のWengらは、新規2型糖尿病患者の初期治療で、CSIIもしくは強化インスリン療法により血糖を良好な状態に改善すれば、その後は食事療法と運動療法だけで糖尿病寛解状態(空腹時血糖値が126mg/dL以下、かつ食後2時間血糖値が180mg/dL以下)を維持できる可能性が、経口血糖降下薬による治療よりも高く、β細胞のインスリン分泌能が長期に保持されることを報告している。

 最近のインスリン療法は、より厳格な血糖コントロールの達成(アートの追求)、より多くの人にインスリンの導入(底辺の拡大)の2つのベクトルで展開している。

 インスリン治療の底辺を拡大する方法としてBOT(Basal insulin assisted-Oral agent Therapy)の導入がある。しかし、長期にBOTを継続するとインスリンの追加分泌が低下することが指摘されており、それを補充するために適切なタイミングで強化インスリン療法にシフトする必要がある。

 Lankischらは、グラルギンベースのBOTで血糖コントロールが悪くなってきた2型糖尿病患者に、超速効型インスリン製剤グルリジンを朝食前あるいは夕食前に単回投与したときの血糖コントロールを比較検討した。結果、どちらの方法でもHbA1c値は有意に改善し、1日の血糖の推移を調べたところ、朝食前に単回投与した場合でも、グルリジンの効果が消失しているはずの夕食後の血糖値も改善していた。このことは、夕食前に単回投与した場合にも同様で、石原氏は「追加分泌を補うことでβ細胞を休ませることができ、内因性のインスリン分泌能が回復したと考えられる」と論じた。

 一方、インスリン療法において、より厳格な血糖コントロールを実現するための最新の“アート”、また今後期待される“アートを紹介した。

 横山宏樹氏らの検討では、強化療法では基礎インスリンの割合を増やし、基礎と追加インスリン量の割合が1:1になるように調整すると、総インスリン量は同じでもHbA1c値が低下することが報告されている。石原氏は、「現状よりも基礎インスリン投与量を増やしていくことを検討すべき」と強調した。

 また、血糖値を連続的にモニタリングし、その値から投与するインスリン量を自動的に調節して投与するClosed-loop法も注目されている。しかし、臨床に応用しようとするとマニュアル操作でインスリン投与量を調整した方が低血糖の頻度は少ないことが分かっており、血糖の変化を先読みし、いかにインスリン量を調節するかが課題となっている。

 最後に石原氏は、グラルギンと2010年末に日本でも発売されたGLP-1受容体作動薬エキセナチドを併用することで、1日の血糖値が全体に低下しただけでなく、食後高血糖も抑制されることを示したBergenstalらの報告を紹介し、「インクレチン時代が到来した現在、糖尿病治療の“アート”を追及する上で、インスリン療法におけるインクレチン関連薬の併用にあたっては、短時間作用型のエキセナチドが有望な選択肢の1つになるのではないか」と述べた。

(日経メディカル別冊編集)