インドは経済規模では世界の上位12カ国に位置する大国だが、貧困層は総人口の4分の1を占め、40%は十分な教育を受けておらず、独特の社会制度や文化が強く残るなど二面性を有する国家である。カナダ・モントリオールで開催されている第20回世界糖尿病会議において、インド・King Edward Memorial HospitalのChittaranjan S. Yajnik氏は、インドの社会環境が糖尿病治療に及ぼす影響を説明し、克服すべき課題を提示した。

 インドの糖尿病患者数は4500万人と推定されており、世界で最も患者数が多いと考えられる。その大半が2型糖尿病である。しかし、実際に糖尿病と診断されているのは3分の1に過ぎず、治療を受けているのはその約半数、専門医の治療を受けているのはごく一部である。治療薬として経口血糖降下薬が80%に、インスリンが30%に投与されており、両者が併用されることも多い。

 インスリン治療に影響を及ぼす因子には、個々の患者要因(心理状態、教育、収入など)だけでなく、患者の家族、患者を取り巻く社会や文化、国内や国際的な環境、民間療法などがある。

 インドにおいてインスリン治療を受けている患者は約150万人で、その70%は都市生活者である。インスリン製剤は40 IU製剤が95%を占め、アナログ製剤の使用率は10%未満に留まる。混合製剤が75%を占め、追加インスリンは15%、基礎インスリンは10%を占めるが、追加インスリンや基礎インスリンの大部分は、都市部の専門医が処方している。

 インドにおいてインスリン製剤を提供しているのはNovo Nrdisk India、Eli Lilly and Company、sanofi-aventisの3社で、最近の5年間はインドのバイオテクノロジー企業がマーケティング活動を行ってきた。

 基礎インスリン製剤としては、依然多く中間型(NPH)製剤が使用されており、インスリン グラルギン、インスリン デテミルといった遺伝子組換え製剤の使用は限られる。

 インドの一般家庭の経済状況を考えると、インスリン治療に要する費用は高く、家庭収入に占める割合は大きい。また、インスリン製剤の保管や輸送法の管理についても十分とは言えず、さらには、注射用シリンジの使い回しといった課題もある。40 IU製剤と100 IU製剤が処方されているため、取り違えによる血糖コントロール不良、低血糖が生じることも問題となっている。また、貧困と教育水準の低さから女性の地位は依然として低く、結婚や妊娠、育児をきっかけに症状が悪化する例も少なくない。

 インドにおける糖尿病治療のさまざまな課題を克服するためには、患者、医師はもちろん、社会全体を教育しなければならない。また、費用対効果を意識した治療ガイドラインの改訂が必要である。さらには、貧困層に対する助成制度、NGOとの協力体制、国民の健康増進政策の中に糖尿病治療を組み入れること、社会的な正当性と公正さを保つことなどが求められる。

 Yajnik氏は、インスリンが発見されてから100年が経ち、化学修飾や遺伝子組換え技術などによってインスリン製剤の有効性は著しく向上したが、患者個人、社会や文化、経済的な理由により、その恩恵を享受できない患者がいることを強調して講演を締め括った。

(日経メディカル別冊編集)