熊本大学大学院循環器病態学の松原純一氏

 2型糖尿病治療薬のジペプチジルペプチダーゼ(DPP-4)阻害薬シタグリプチンが、動脈硬化初期の血管内皮障害を改善するとともに、内皮細胞の老化やアポトーシスも抑制する可能性が報告された。11月16日までフロリダ州オーランドで開催されていた第84回米国心臓協会・学術集会(AHA2011)で、熊本大学大学院循環器病態学の松原純一氏らが発表した。

 血管内皮障害はアテローム硬化の進展と関連し、心血管イベントの予測因子となりうることが示唆されている。DPP-4阻害薬 やグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)アナログ製剤は、インスリン分泌を誘導するGLP-1受容体の活性化を介して糖代謝を改善する。近年、このGLP-1が心臓や血管にも良好な作用を示すことが複数報告されている。また外因性GLP-1の投与が、冠動脈疾患を合併する2型糖尿病患者や、食塩感受性ラットの血管内皮障害を改善するとの報告もある。
 
 松原氏らは2010年、DPP-4阻害薬のシタグリプチンがGLP-1の活性化を介して、動脈硬化を抑制しうることを発表している。今回は、シタグリプチンが動脈硬化初期の血管内皮機能障害を抑制する可能性について検討した。

 はじめに、動脈硬化モデルである4週齢のアポリポ蛋白E(ApoE)欠損マウス22匹に通常餌を毎日与え、2週間後(6週齢)に通常餌投与群(8匹)、総摂取カロリーの35%を脂肪が占める高脂肪餌投与群(7匹)、高脂肪餌+シタグリプチン200mg/kg/日投与群(7匹)の3群に無作為割り付けした。同時に、体重、脂質、血糖などを測定した。さらに7週後(13週齢)に体重、脂質、血糖などを再測定し、大動脈組織を採取して血管内皮障害の進展度を、アセチルコリン誘導による内皮依存性の血管壁緊張低下反応により評価した。

 ベースラインおよび7週後の体重、脂質、血糖、血中インスリンは、高脂肪餌投与群と高脂肪餌+シタグリプチン投与群の2群間では差はなかった。しかし血管弛緩反応の低下は、高脂肪餌投与群に比べ、高脂肪餌+シタグリプチン投与群では有意に少なく(P<0.05)、内皮障害の改善が推察された。そこで、採取した大動脈組織を分析すると、リン酸化された内皮型NO合成酵素(eNOS)が増加しており、血管内皮機能の良化が示唆された。

 シタグリプチンの内皮機能障害抑制効果を再確認するために、培養ヒト冠動脈内皮細胞を用い、GLP-1(10pM)単独投与、シタグリプチン単独投与、シタグリプチン前処置後のGLP-1投与、対照の4つの方法におけるeNOSのリン酸化率の変化を比較した。その結果、対照およびシタグリプチン単独投与では変化はなかった。GLP-1単独投与では、投与2分後に対照に比べて有意な上昇を示したが(P<0.01)、10分後にはほぼベースラインに戻った。

 一方、シタグリプチン前処置後のGLP-1投与では、投与2分後から対照に比べて有意な上昇を示したまま維持され(P<0.01)、最終的に対照、シタグリプチン単独、GLP-1単独投与のいずれに対しても有意に高いeNOSリン酸化率を示した(P<0.001)。さらに、GLP-1は環状アデノシン1リン酸(cAMP)およびプロテインキナーゼA(PKA)を介した作用と考えられているため、cAMPおよびPKAの阻害剤を投与した。すると、eNOSのリン酸化は抑制されたため、eNOSのリン酸化亢進は、シタグリプチンがGLP-1の活性化を維持することで得られる効果であることが示唆された。

 内皮機能障害は、細胞の老化やアポトーシスに関与することも報告されている。培養ヒト冠動脈内皮細胞は、10日間放置すると約9割が老化する。また過酸化水素(H2O2)投与によりアポトーシスが誘導される。この実験系においても、GLP-1単独投与およびシタグリプチン単独投与では、対照と同等に細胞の老化と細胞アポトーシスが進展したが、シタグリプチン+GLP-1併用では、細胞の老化およびアポトーシスがそれぞれ有意に抑制された(いずれもP<0.001)。

 血糖コントロール不十分な糖尿病患者14例にシタグリプチン50mg/日を3.5カ月投与し、内皮障害の評価に用いられるReactive hyperemia peripheral arterial tonometory(RH-PAT)を用いて血管内皮機能を数値化した。その結果、シタグリプチンは3.5カ月後に血管内皮機能の有意な改善を示した(P<0.01)。

 松原氏は、「糖尿病を改善するだけでも、心血管イベントの抑制につながる。シタグリプチンが糖尿病の改善とは独立して内皮機能を改善し、動脈硬化を抑制するとすれば、心血管リスクをさらに抑制できる可能性がある。シタグリプチンの有用性に確証を得るためには、基礎と臨床の両面からさらなるエビデンスの蓄積が必要だが、個人的には内皮機能の改善、動脈硬化の抑制からさらに一歩踏み込み、心血管イベントの抑制について前向きに検討したいと考えている」と抱負を述べた。

(日経メディカル別冊編集)


【訂正】
11月21日に以下の訂正をしました。
 本文第4段落末尾に、「内皮非依存性の」とあるのは誤りで正しくは「内皮依存性の」でした。また、第5段落1行目に、「ベースラインおよび7週後の体重、脂質、血糖、血中インスリンには、3群間で差はなかった」とあるのは誤りで正しくは、「ベースラインおよび7週後の体重、脂質、血糖、血中インスリンは、高脂肪餌投与群と高脂肪餌+シタグリプチン投与群の2群間では差がなかった」でした。お詫びして訂正します。