熊本大学の松原純一氏

 インクレチンGLP-1の受容体は膵臓以外にも広く発現が認められ、インスリン分泌以外の多彩な膵外作用に関与している可能性が指摘されている。新たな2型糖尿病治療薬シタグリプチンは、GLP-1の分解を司るDPP-4を阻害することによってGLP-1作用を増強する薬剤だ。熊本大学松原純一氏(写真)らは、ApoE欠損マウスを用い、シタグリプチンが心血管系に及ぼす影響を検討した結果、血管内皮機能を改善し、動脈硬化形成の抑制に働くことを見い出した。成果は、シカゴにて11月17日まで開催された第83回米国心臓協会・学術集会(AHA2010)で報告した。

 松原氏らは、6週齢のApoE欠損マウスを2群に分け、一方には高脂肪食、もう一方には高脂肪食とともにデス・フルオロ・シタグリプチン(シタグリプチン類似体:以下、シタグリプチン)200mg/kg/日を与えて飼育。16週目に大腿動脈標本を採取し、粥状硬化病変の範囲を計測した。

 16週間後、シタグリプチン未投与マウス(高脂肪食群、n=18)、シタグリプチン投与マウス(シタグリプチン群、n=18)とも高コレステロール血症を呈し、大動脈に粥状硬化病変の形成を認めた。高脂肪食群では、大動脈の27.8%の範囲に病変が認められたのに対し、シタグリプチン群における病変範囲は19.5%にとどまった(p<0.01)。

 16週間後における両群の体重、血糖値、血清脂質値の変化は同等だったが、血漿GLP-1濃度はシタグリプチン群の方が有意に高く(10.8pg/mL 対 17.8pg/mL、p<0.01)、粥状硬化病変の大きさとGLP-1濃度の間には有意な負の相関が認められた(r=-0.38、p<0.05)。

 次に松原氏らは、別の6週齢のApoE欠損マウスを3群に分け、(1)通常食(n=8)、(2)高脂肪食(n=7)、(3)高脂肪食+シタグリプチン200mg/kg/日(n=7)のいずれかの給餌下で飼育し、7週間目に大動脈を採取して、アセチルコリン(ACh)刺激に対する内皮依存性血管拡張応答を測定した。

 その結果、通常食群では高脂肪食群に比して血管拡張応答の低下が有意に抑制された(p<0.05)が、高脂肪食+シタグリプチン群においても、高脂肪食群に比べて応答の低下が軽度だった(p<0.05)。

 また、高脂肪食+シタグリプチン群のGLP-1濃度(16.7pg/mL)は、高脂肪食群(9.9 pg/mL)、通常食群(10.6 pg/mL)との間に有意な差を認めた(ともにp<0.001)。

 以上の結果より、シタグリプチンには血糖値や血清脂質値の変化とは独立した抗動脈硬化作用と内皮機能改善作用があることが示唆された。松原氏らは、シタグリプチンのこのような作用は、GLP-1の抗炎症作用を増強することによって得られるのではないかと推測。その仮説を証明するために、次のようなin vitroの実験を行った。

 材料は、マクロファージ由来の株細胞THP-1。この細胞を10ng/mLのLPSで刺激すると、種々の炎症性サイトカインが分泌される。この応答は、高濃度のGLP-1(>20pM)によって濃度依存的に抑制されるが、生理的濃度(10pM)のGLP-1では抑制されないことが分かっている。しかし松原氏らは、シタグリプチンによってGLP-1の作用が増強されれば、10pMのGLP-1でもサイトカイン分泌が抑制されるのではないかと推測し、この系に種々の濃度のシタグリプチンを添加し、分泌されるサイトカイン量を定量した。

 その結果、10pMのGLP-1とともに1μM以上のシタグリプチンを添加することにより、LPS刺激によって誘導されるIL-6、IL-16、TNF-α、MCP-1の各サイトカイン分泌は有意かつ用量依存的に抑制された。この抑制は、GLP-1を加えずにシタグリプチンのみを加えた場合は、高用量(2μM)を添加しても認められなかった。

 また、GLP-1 10pMとシタグリプチン2μMをともに加えた際には、細胞質中のcAMP濃度の有意な上昇が認められた(対GLP-1単独添加時、p<0.001)。

 以上の結果より、シタグリプチンはGLP-1の活性を増強することによって抗炎症作用を発揮し、これが抗動脈硬化作用や内皮機能改善作用に結びついているという松原氏らの仮説が支持された。同氏は、「シタグリプチンの抗炎症作用は、糖尿病患者にとって、心血管合併症の抑制というメリットをもたらすものとなるかもしれない」と結んだ。

(日経メディカル別冊編集部)