Chinese University of Hong KongのJliana CN Chan氏

 早期に強化インスリン療法を行うことで、膵β細胞機能を保持することは可能なのだろうか――。アジア人における2型糖尿病発症の背景に、膵β細胞異常の存在を示すエビデンスが集積されてきた中、この命題を検証しようとする研究が行われている。6月25日から29日まで米オーランドにおいて開催された第70回米国糖尿病学会学術集会(ADA 2010)のシンポジウムにおいて、Chinese University of Hong KongのJliana CN Chan氏(写真)が、アジア人に対する強化インスリン療法の重要性を、最新の知見を交え概説した。

 2型糖尿病では、肥満などによるインスリン抵抗性に対して、代償的に膵β細胞からのインスリン分泌が亢進し続けるうちに膵β細胞の機能不全が生じるとされている。アジア人では白人と比べて、BMIは低いが2型糖尿病罹患率が高く、同じ胴囲でも内臓脂肪が多いという特徴がある。境界型糖尿病患者の多くは耐糖能異常(IGT)であり、特に日本人ではインスリンの第一相分泌能が低下していることが明らかになっている。糖代謝が正常な日本人でもBMIのわずかな増加により、膵β細胞の代償機能不全からインスリン感受性が低下する。

 Chan氏は、中国人2型糖尿病症例の剖検体の40%に膵島細胞の構造的異常が認められたことを示した。また、日本人2型糖尿病患者で膵β細胞が小さいほど酸化ストレスが高いこと、日本人の糖尿病患者では非糖尿病と比較してインスリンmRNAを発現している膵β細胞の総質量やインスリンmRNAの密度が22%も低下していることなどのデータから、アジア人の糖尿病患者では、膵β細胞の構造異常と機能障害があることを示した。

 アジア各国でも10年ほど前から、「早期のインスリン強化療法によって膵β細胞機能を回復させ、長期にわたって良好な血糖コントロールを得ることが可能である」との仮説のもとに、数々の研究が行われてきた。

 Liらは、重度の空腹時高血糖(FPG>199.7mg/dL)を伴う新規糖尿病患者に2週間のインスリン持続皮下注入法(CSII)を行い、膵β細胞機能や血糖コントロールに対する効果を検討した。結果、平均6.3日で空腹時血糖(FPG)、食後血糖(PPG)の良好なコントロールが得られたほか、HbA1c値は10.0%から8.7%へと改善した。CSII後、24カ月後においても、42.3%の患者が食事運動療法のみで正常血糖を維持している薬剤寛解であったという。寛解患者群では非寛解患者群と比較して、CSII直後の膵β細胞機能(HOMA-B)とインスリン分泌能(IVGTTにおけるインスリンのAUC)、急性インスリン反応(AIR)が有意に高かった。

 この結果を受けてChan氏らは、短期間の持続的なインスリン投与が、膵β細胞機能を改善するのかどうかを、多施設無作為化試験によって検証した。対象は、新規2型糖尿病患者382人(25‐70歳、FPG 126‐298.8mg/dL)をCSII群、インスリン頻回注射療法(MDI)群、または経口血糖降下薬(OAD;SU薬and/orメトホルミン)群に割り付けた。薬剤投与量は順に0.68単位/kg、0.74単位/kg、SU薬グリカジド(日本未承認)160mg/日、メトホルミン1g/日。2週間の被験治療終了後は、食事運動療法のみとした。

 治療終了時のFPG、PPG、HbA1c値は、各群ともほぼ同様に改善し、脂質の改善も認められた。しかしながら、この試験においても食事運動療法のみで1年後も管理できていた薬剤寛解患者が、OAD群に比してCSII群、MDI群で有意に多かった。また、1年後のインスリン感受性に関しては、OAD群に比べてCSII群、MDI群では、低下傾向が緩やかだった。一方、非寛解患者では高齢、痩せ形で、治療の前後ともにFPG、PPG、HbA1c値が高く、正常血糖に至るまでの時間が長かったことが示された。

 その後、韓国人2型糖尿病患者91人(平均53.8歳、罹病期間7.2年)を対象とした試験においても、CSII後、30%の患者が薬剤寛解状態で15カ月も良好な血糖コントロールを維持できたことが示された。非寛解群は、高齢で罹病期間が長く、BMIが低いといった、Chan氏らの試験と同様の傾向であった。

 また、韓国人2型糖尿病患者(平均53歳、BMI24、糖尿病歴9年)を対象とする30か月の長期CSIIでTNFαなどの炎症マーカーも改善を認めた研究など、いくつかのアジアのグループが同様の試験を実施している。痩身型の日本人2型糖尿病患者110人をMDIと一般的なインスリン療法とに無作為化した研究では、MDI群で糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症の発症を70%抑制したことが認められている。

 さらにChan氏は、糖毒性には多くの作用があり、代謝因子、血行動態因子、増殖因子、サイトカイン、細胞内因子に影響を及ぼすことを指摘。「無作為化臨床試験での検証を要する」としながらも、4000人以上を対象とした香港のレジストリー研究を紹介し、発癌関連因子を補正した上で、アジア人においてもHbA1c値と癌の発症が相関すること、インスリン治療によりHbA1c値を改善することで癌の発症率は大幅に低減するという最新の報告を紹介した。

 そして最後に、「膵β細胞が機能障害に至る前の早い段階でインスリン強化療法を行えば、糖尿病の薬剤寛解を得ることができる可能性がある」として、アジア人における2型糖尿病早期診断の重要性を改めて指摘するとともに、診断が確定した段階からインスリンの早期導入を検討すべきであるとの見解を示し講演を締めくくった。

(日経メディカル別冊編集)