医療の映画のようで、医療映画ではない。ヒューマンな映画のようで、ヒューマン映画でもない。そんな医療ドキュメンタリーが完成した。

 全国に先駆けて老人医療費の無料化や乳児死亡率ゼロを実現、さらに病院機能と保健医療行政を一体化した「沢内村方式」で1960年代、70年代の日本の地域医療のお手本となった岩手県沢内村(現・西和賀町)の沢内病院。同病院の院長を長らく務めた“伝説の医師”、増田進氏の現在の姿を追ったドキュメンタリー映画『増田進 患者さんと生きる』(監督・都鳥伸也)だ(2月20日より渋谷アップリンク[東京都渋谷区宇田川]、3月19日よりシアターセブン[大阪市淀川区十三])。

映画『増田進 患者さんと生きる』より。(提供:ロングラン 映像メディア事業部)。

増田進氏の今の姿を追ったドキュメンタリー
 80歳を超えた増田氏は現在、西和賀町のホテル内に構えた診療所で自由診療による鍼治療を行っている。映画は、診療の様子や、患者や村民たちとのふれ合いをじっくりと丁寧に映し出す。そこから伝わってくるのは、医療の根底にあるべき人と人のつながりの重要性だ。医師をはじめとする医療者は、増田氏の診療の場面を見るだけでも、価値はあるだろう。

 映画では、沢内村の医療が崩壊に至る軌跡も古い資料やインタビューを基に描いている。90年代、増田氏と対立した元村長・太田祖電氏もインタビューで登場、首長と公立病院院長の対立という、地域医療における古くて新しい問題を改めてあぶり出す。地域包括ケアが叫ばれる今の時代、保健師をはじめ、他の医療スタッフとともに村の健康を守った沢内病院の取り組みは、もっと再評価されていいかもしれない。

 なお、沢内病院と増田氏については、日経メディカル Onlineに執筆した以下の2本の記事も参考にされたい。映画を見る前に読んでも、見てから読んでも、どちらでも大丈夫。

地域医療のルーツを歩く◎沢内病院(岩手県西和賀町)【後編】
元院長に聞く 沢内の医療が崩壊した理由

地域医療のルーツを歩く◎沢内病院(岩手県西和賀町)【前編】
かつての地域医療のお手本は今…

北上市出身の兄弟が4年かけて完成
 この映画を作ったのは、地元・岩手県の北上市に本拠を置き映画作りを続ける、双子の都鳥(とどり)兄弟だ。弟の都鳥伸也氏が監督を、兄の都鳥拓也氏が撮影・編集を担当した。二人は沢内村の若者たちに焦点を当てたドキュメンタリー映画『いのちの作法─沢内「生命行政」を継ぐものたち─』(監督・小池征人、2007年)のプロデューサーを務め、この時に増田氏と知り合ったという。構想を温め、2011年から撮影を開始、約4年をかけて完成にこぎ着けた。

双子の弟の都鳥伸也氏(左)が監督を、兄の都鳥拓也氏(右)が撮影・編集を担当した。

 監督の伸也氏は「患者さんをきちんと見て、患者さんの話に耳を傾け、患者さんの身体に触り、笑顔で安心させる。医師である前に、人間と人間との関係作りが大切だということを増田先生は教えてくれました。診療の場面は、具体的な治療ではなく、それ以外の余白の部分をあえて多く盛り込みました。撮ったのは医療のことですが、医療映画としてではなく、人と人のつながりの大切さを描いた映画として見ていただければと思います」と話している。

 なお、この映画は自主上映会の開催も募っている。問い合わせはイメージ・サテライト(imagesatellite@hotmail.com)まで。
 


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