宮城、岩手、福島県に16店舗薬局を展開するプリスクリプション・エルム&パームで企画統括部長を務める佐藤ユリ氏に、東日本大震災直後の様子と、復旧に向けたスタッフの奮闘について寄稿していただいた。


プリスクリプション・エルム&パームの佐藤ユリ氏。

 地震が起きたとき、私は店舗から移動するために車を運転していました。仙台の中心部を走っていたのですが、両脇にあるビルが揺れ、倒れてくるかと思ったほどです。隣に止まっていたバスも大きく揺れていましたし、ビルの中からたくさんの人が出てきて本当にびっくりしました。

 地下鉄もJRも全てストップしてしまい、雪の降る中、仙台市内は、多くの人が何キロも歩いて家に帰りました。通信手段がなく、社員全員の安否が確認できたのは、次の日になってからです。

被災地の薬局で、翌日から調剤開始

 地震の次の日の朝、私は店舗を見回ろうと思い、名取地区(仙台市の南約10kmの地域)に行きました。この地区には2つの店舗(エルム調剤薬局名取店、あおい薬局)があるのですが、そこで初めて、津波被害の大きさを目の当たりにしました。店舗内の棚は倒れ、物が壊れて散乱していましたが、幸い、私たちのグループはすべての店舗で建物は無事でした。

薬局のスタッフたち。

 店舗に着くと、門前の先生に「今から診察するから」と言われました。名取地区のすぐ隣りには津波被害の大きかった閖上地区(名取川の河口付近)があり、また、店舗のすぐ近くに市役所や避難所があります。電気もついていない中、2つある店舗のうち名取店のみを復旧させることに決め、2店舗のスタッフ全員で復旧作業に取り掛かりました。

 連絡手段はたまにつながる携帯電話のメールだけでした。それでも、「もしかしたら営業していると思って」と、近くに住むスタッフが名取店に来て、連絡の手伝いや、調剤の手伝い、またお昼どきには、おにぎりを持ってきてくれたりと協力してくれました。

雪の中、懐中電灯で手元を照らしながら調剤

 電気がない中での調剤は過酷を極めました。雪の降る寒い中、電気も暖房もつけることができず、懐中電灯で手元を照らしながら、コートを着たまま調剤しました。

 地震の翌日から、すごい人数の患者さんが来ました。ほとんどが家も薬も流された患者さんで、新患の方もたくさんいました。もちろん一緒にお薬手帳も流されていますので、何を飲んでいたかもあやふやな方ばかりでした。門前の先生の処方箋も、停電のため手書きです。

 在庫していない薬がたくさん処方されました。卸からの調達も難しい状態ですので、薬局にない薬が処方されれたら、『今日の治療薬』で同種同効薬を調べ、処方提案をすることで対応しました。

 停電で、分包機も使えなければ、電子薬歴もレセコンも使えません。半錠にした薬は、すべて薬包紙に包んで投薬しました。ここで、新人研修で学んだ「薬包紙の折り方」が活躍するとは思いませんでしたが、全スタッフが素早く調剤することができました。

「頑張ろう」。薬局からメッセージを発信

薬局の窓に掲げた、復興に向けたメッセージ。

 被災地で調剤をしていると、「薬局をあけてくれてよかった」「ありがとう」という、患者さんからの言葉に胸が熱くなりました。そこで、私たちからも「一緒に頑張ろう」というメッセージをこめて、外から見えるように薬局の窓に大きな貼り紙をしました。

 避難所から来る患者さんは、文字通り、着の身着のままで逃げてこられた方ばかりです。患者さんのために何かできないかと考え、自分たちの服を持ち寄って、提供させていただくことにしました。いつも、OTC薬を並べていた棚に、種類別に服を並べました。

OTC薬の棚に、それぞれが持ち寄った服を並べているところ。

 この「服のサービス」は、患者さんたちから非常に喜ばれています。そのうち、この噂を聞きつけた他の店舗のスタッフや近所の人が、「この服も置いてほしい」と、タンボールに入れて持ってきてくれるようになりました。

 薬を調剤して、安心して服薬してもらうだけが、われわれ薬剤師の仕事ではないということ、少しでも患者さんのサポートになって、「ありがとう」と言ってもらえることが、地域の薬剤師の仕事だと実感でき、薬剤師でよかったと思いました。

ガソリンも食料もないけど…

 今は、ガソリンの調達が非常に困難です。また、地下鉄は地震から数日後に運転を再開しましたが、JRはいまだにストップしています。地震の後、店舗のスタッフを自宅の近くで働けるように配置換えしましたが、それでも薬局を開けるために、片道1時間以上もかけて、雪の日でも自転車で通勤しているスタッフや、薬局に寝泊りしているスタッフがいます。

 それでもみんな「よい運動になっている」と愚痴もこぼさず頑張っている姿が印象的です。また、食料が1週間ほど送られてこない時期がありましたが、「少しやせた」と冗談を言いながら、患者さんへは笑顔を見せて頑張っています。