A 抗がん薬の調製に必要な環境
1.設備・備品
2.服装
3.用具・器具
4.抗がん薬調製技術
5.抗がん薬の被曝や汚染時の処理
B 抗がん薬の取り扱い基準
C 調製において注意が必要な抗がん薬
文献

抗がん薬には制がん作用がある反面、細胞毒性、変異原性あるいは発がん性を有するものも多く、抗がん薬の取扱者への薬剤の曝露による健康上の危険性を示す報告もある。医療現場における抗がん薬、および他の有害性がある医薬品の職業曝露防止について書かれたNIOSH(米国国立労働安全衛生研究所) ALERTのなかでも、「医療現場において危険性医薬品を使用する、あるいは近傍での作業は、皮膚発疹、不妊、流産、先天性障害、および場合によっては白血病やその他のがんを発症する可能性がある」と警告されており[1]、抗がん薬を取り扱う医療従事者は曝露防止策を講じることが必要である。このため、注射用抗がん薬の調製にあたっては、調製者が曝露を回避するための作業環境や作業手順の整備が必要である。さらに調製者は、調製手順および手技、汚染時の対処方法を熟知しておく必要がある。国内においては、抗がん薬を安全に取り扱うためのガイドラインとして、2008年に「注射剤・抗がん薬 無菌調製ガイドライン」[2]が日本病院薬剤師会により作成されている。同ガイドラインにおいて、抗がん薬の調製業務は「薬剤師の管理下におかれるべき」と提言しており、「抗がん薬の調製業務は薬剤師が患者ごとに、投与経路、投与速度、投与間隔などの確認を行ったうえで調製すべきである」と述べている。

注射用抗がん薬の調製には、注射薬の汚染を防ぐための無菌的な環境と、調製による環境汚染および調製者の抗がん薬曝露を防止するための設備や用具が必要である。

1.設備・備品

抗がん薬の調製は、他の業務から隔てられた専用の区域で行うことが望ましい。薬剤の無菌性を保ち、調製者の抗がん薬曝露防止・調製環境汚染防止のために、クラスII以上の室外排気型の安全キャビネットでの調製が望ましい。クリーンベンチは薬剤の無菌性を確保できるが、ベンチ内の空気が調製者に向かい、エアロゾル発生時(注)に曝露の危険がある。そのためクリーンベンチで抗がん薬を調製してはならない。抗がん薬が人体に付着した時にただちに洗い流せるように、近くに流し台を設置しておくことが望ましい。

[注]エアロゾル現象:バイアル製剤から薬液を吸引する際、バイアル内が陽圧になっていると、注射針を抜いた時にゴム栓部のピンホール等から内容液が噴出する現象。エアロゾル現象を起こさないために、バイアル内を陰圧に保つように注意する。また、バイアルのゴム栓内側にあるポケットに薬液が残留しているとエアロゾル現象が起こりやすくなるので、確実に吸引するようにする。

2.服装

抗がん薬の調製時には、長袖ガウンで抗がん薬の飛沫を防御できるディスポーザブルガウンを着用する。手袋、頭髪を完全に覆うキャップ、マスク、保護めがねを着用する。手袋はパウダーフリーで材質はニトリル製のものが推奨される。さらに二重着用が望ましい。調製時に破損や汚染があった場合にはただちに交換する。手袋およびガウンの表面は、抗がん薬の調製により汚染されているため、それらを脱ぎ去る時には表面の皮膚への接触に注意が必要である。

3.用具・器具

安全キャビネット内には作業用シートを敷く。シートは表面が吸水性素材で、裏面が薬液不透過性素材のものを使用する。注射シリンジは、ディスポーザブルのルアーロックタイプのシリンジを用いる。注射針は、シリンジ内が高圧になるのを避けるために18-21 Gを用いる。調製時に発生するエアロゾルによる曝露を予防するためには、閉鎖式薬物混合システムを使用することが望ましい。抗がん薬調製に使用した用具、器具、空バイアルや空アンプル、残液等は専用の感染性医療廃棄物用容器に入れて廃棄する。

4.抗がん薬調製技術

注射器の選択は、使用薬液量が注射筒の総容量の75%を超えないように選択する。バイアル製剤を用いて溶解・吸引を行う場合、バイアル内が陽圧になるとエアロゾルがバイアルから噴出する危険性があるので、過度の陽圧にならないように十分に注意する。また、バイアル内が過度の陰圧になっている場合も、抗がん薬を高濃度に含んだエアーが発生しやすいので注意する。

1)バイアル内を陽圧にしないための調製手技

(1)粉末のバイアル製剤を溶解する場合

溶解に必要な液量を注射シリンジにとる。バイアルに針を刺し、注入する溶解液量分のエアーをバイアル内から抜く(バイアル内を陰圧にする)。圧力差にまかせるかたちでゆっくりと溶解液を注入する。

(2)液体のバイアル製剤から吸引する場合

注射シリンジ内にあらかじめ採取する薬液量分のエアーを入れておく。バイアルに針を刺し、まず少量の薬液をシリンジ内に引き、圧力差にまかせるかたちで引いた液量分のエアーをバイアル内に戻す。この操作を繰り返して最終的に必要量の薬液を採取する。シリンジ内にあらかじめエアーを入れておくのはバイアル内が過度の陰圧になるのを防ぐためであるが、エアーの入れ替え時にバイアル内が陽圧にならないように十分注意する。

2)閉鎖式薬物混合システムの使用

閉鎖式薬物混合システムとは、「薬剤を移し替える際に、外部の汚染物質がシステム内に混入することを防ぐと同時に、危険性医薬品がシステム外に漏れ出すこと、あるいは濃縮蒸気がシステム外に漏れ出すことを防ぐ機械構造を有する器具」(International Society of Oncology Pharmacy Practitioners: ISOPP)と定義されている。エアロゾルを発生させないための器具である。安全キャビネットの代用とはならないため、安全キャビネット内での使用を前提とする。現在日本国内において発売されている器具には、PhaSeal(R) System、クレーブ(R)オンコロジーシステムがある。

平成22年の診療報酬改定では、抗がん薬を対象にした「無菌製剤処理料1」について、閉鎖式接続器具(閉鎖式薬物混合システムと同義)の使用に100点が付与された。さらに平成24年の改定においては、「無菌製剤処理料1のイの(1)」に規定される揮発性の高い薬剤に対して閉鎖式接続器具を使用した場合、150点が加算されることとなった。ここでいう揮発性の高い薬剤とは、イホスファミド、シクロホスファミド、ベンダムスチンの3剤である。

5.抗がん薬の被曝や汚染時の処理

皮膚や手指に付着した時は、ただちに流水で洗い流し、さらに石けんで洗う。目に入った時は、ただちに水中に顔をつけ、瞬きを繰り返す。あるいは流水で十分に(15分以上)洗い流すか生理食塩液で十分に洗い流す。大量に曝露した時は皮膚科や眼科を受診する。

抗がん薬の入った注射針を刺してしまった場合、局所に薬液が入ったかを確認し、入っていなければ局所の消毒を行い、入ったと疑われる場合は適切な応急処置を行う。応急処置後に皮膚科を受診する。

衣類に付着した時は、ゴム手袋を着用して付着部位を流水で洗い、さらに洗剤で洗う。床などにこぼした場合は、ゴム手袋を着用してペーパータオル等で外側から中心に向かって拭き取る。さらに無毒化剤で拭き取る。拭き取りに使用したペーパータオル等は感染性医療廃棄物として廃棄する。

医療従事者への抗がん薬曝露に関する報告

1999年Sessinkらは、12の研究のうち11の研究において、安全に注意したにもかかわらず医療作業者の尿中からシクロホスファミドが検出され継続的な被曝を示したと報告されていることを指摘した[3]。Harrisonは、20の調査のうち13の調査において、6種の異なる薬物(シクロホスファミド、メトトレキサート、イホスファミド、エピルビシン、シスプラチン、カルボプラチン)が医療従事者の尿中に検出されたと報告している[4]。Pethranらは3年にわたりドイツの14施設で尿サンプルを収集した結果、シクロホスファミド、イホスファミド、ドキソルビシン、エピルビシン、白金(シスプラチンあるいはカルボプラチン)が多くの研究参加者から検出されたと報告している[5]。また、Sessinkらは、抗がん薬を直接処理しなかったにもかかわらず、漏れ出たエアロゾルあるいは作業台、衣類、あるいは薬容器の二次汚染を通じて潜在的に抗がん薬にさらされていた医療作業者の尿中にも抗がん薬は検出されたと報告している[6]。

日本病院薬剤師会監修の『抗がん薬調製マニュアル 第2版』[7]においては、判定基準を設け、添付文書やインタビューフォーム等を基に抗がん薬の危険度を分類している(表1)。危険度に応じた薬剤の取り扱いが望まれる。

主な抗がん注射薬の危険度の分類を表2に示す。

表3に調製する際に注意が必要な薬剤についてまとめた。詳細は各薬剤の添付文書等を参照されたい。

1. Department of Health and Human Services, Centers for Disease Control and Prevention, National Institute for Occupational Safety and Health. NIOSH ALERT: Preventing occupational exposures to antineoplastic and other hazardous drugs in healthcare settings. 2004. DHHS (NIOSH) Publication No.2004-165.

2. 日本病院薬剤師会学術第3小委員会編. 注射剤・抗がん薬 無菌調製ガイドライン. 薬事日報社. 2008.

3. Sessink PJ, Bos RP. Drugs hazardous to healthcare workers. Evaluation of methods for monitoring occupational exposure to cytostatic drugs. Drug Saf 1999; 20(4): 347-59. [PubMed]

4. Harrison BR. Risks of handling cytotoxic drugs. In: Perry MC ed. The chemotherapy source book. 3rd ed . Philadelphia, PA: Lippincott, Williams and Wilkins. 2001. pp566-82.

5. Pethran A, et al. Uptake of antineoplastic agents in pharmacy and hospital personnel. Part I: monitoring of urinary concentrations. Int Arch Occup Environ Health 2003; 76(1): 5-10. [PubMed]

6. Sessink PJ, et al. Environmental contamination and assessment of exposure to antineoplastic agents by determination of cyclophosphamide in urine of exposed pharmacy technicians: is skin absorption an important exposure route? Arch Environ Health 1994; 49(3): 165-9. [PubMed]

7. 日本病院薬剤師会監修, 北田光一, 他編. 抗悪性腫瘍剤の院内取扱い指針 抗がん薬調製マニュアル 第2版. じほう. 2009.

8. 各薬剤インタビューフォーム.