A 疫学・診断
1.疫学
2.診断
B 治療
1.薬物療法
2.非薬物療法
文献

1.疫学

食欲不振は、がんの慢性疾患に関連した食欲の低下と定義されており、体重減少や早期満腹感、味覚異常などを伴うことが多い[24]。食欲不振は新たに診断のついたがん患者の半数、進行がん患者の約70-80%にみられる[24]。

進行がん患者における食欲不振は、悪液質とともにcancer-related anorexia/cachexia syndrome(CACS)の一環として論じられることが多い。2011年にがんの悪液質(cancer cachexia)の定義と分類に関する国際的な合意が発表された。それによると、がんの悪液質は、進行性の骨格筋量低下(脂肪量の低下の有無は問わない)であり、標準的な栄養サポートでは完全に改善せず進行性の機能障害に至る多因性の症候群と定義されている[25]。

2.診断

悪液質の病態として、食事摂取低下と代謝異常による負の蛋白・エネルギーバランスが特徴的であり、以下のいずれかを満たす場合に診断がつく[25]。

・直近6か月で5%以上の体重減少(単純な飢餓状態でない場合)

・BMIが20未満で2%以上の体重減少

・サルコペニア(筋減弱症):四肢の筋肉量(skeletal muscle index: SMI)が男性<7.26 kg/m2、女性<5.45 kg/m2で、2%以上の体重減少

CACSは腫瘍の副産物(proteolysis inducing factor、lipid mobilizing factorなど)と宿主のサイトカイン(IL-1、IL-6、tumor necrosis factor、インターフェロンなど)の間の複雑な相互作用に起因している[26]。悪液質は「正常→前悪液質(precachexia)→悪液質(cachexia)→不応性悪液質(refractory cachexia)→死亡」という病期をたどると分類されている[25](表1)。

CACSのアセスメントとして、食欲不振や食事摂取量の低下、異化亢進(CRP、化学療法への反応性、がんの進行等で評価)、筋肉量や筋力、身体機能や心理・社会的な影響などを総合的に評価する。食欲不振や食事摂取量の低下には、食事に対する意欲の減少、化学受容器(味覚、嗅覚)の障害、消化管運動の低下(早期満腹感や嘔気)などが複雑に関与している[25]。また、食欲不振は、抗がん治療に伴う嚥下困難や口腔粘膜炎、嘔気、便秘、疼痛、呼吸困難などの二次的な症状である可能性があるため、可逆的な原因を探索することは重要である。さらに、食欲不振や体重減少によって、「食べなければ」というプレッシャーや食べられないことに対する罪悪感、身体的イメージの変化に伴う対人関係上のつらさなどを感じている患者は少なくない。食欲不振に関する患者の気持ちのつらさについて聴取することで、心理・社会的な側面への多職種アプローチが可能になる[25, 27]。また、食欲不振や経口摂取低下は様々な予後予測ツールにも取り入れられている独立した予後不良因子である[28, 29, 30]。したがって、予後や患者の意向に沿った意識的な薬物的・非薬物的な介入が求められる。

cancer-related anorexia/cachexia syndrome(CACS)に関与する主な要因(慢性的な嘔気、便秘、早期満腹感、味覚変化、呼吸困難、ADL低下、うつ)などを治療することでCACSによる食欲不振が改善する可能性がある[26]。

食欲不振自体に対する薬物療法として多くの薬剤の有効性が検証されてきたが、ランダム化比較試験にて有効性が確証されているのは、プロゲステロン製剤とコルチコステロイドのみである。食欲不振の改善にて体重が増加すれば、身体イメージの改善につながり、気持ちのつらさが軽減するなどのメリットが期待できる。これらの薬剤は主に食欲を刺激する一方、QOL向上に対する効果はほぼないか若干認められる程度である。また悪液質の進行を抑える作用はなく、生存期間を改善させることはない。

1.薬物療法

1)プロゲステロン製剤 ✚✚✚

多くの系統的レビューにより、食欲不振に対するプロゲステロン製剤(メゲストロール酢酸エステル[megestrol acetate]やメドロキシプロゲステロン酢酸エステル[medroxyprogesterone acetate: MPA; ヒスロンH(R)])の有効性(食欲不振、体重減少の改善)が検証されている[24, 31, 32, 33]。

プロゲステロン製剤の有効性を調べた多数のランダム化比較試験がある。CACSを有する475人のがん患者に対してメゲストロール(800 mg/日)、デキサメタゾン(4 mg/日)、フルオキシメステロン(20 mg/日)の有効性を調べたランダム化比較試験では、前二者が後者より有意に食欲不振を改善させた。体重増加がみられた患者は前二者において同等に多い傾向がみられた。しかしメゲストロールに比べデキサメタゾンはより副作用が多く、副作用のため内服を中止する患者が多かった。QOLや生存期間に対して群間差はみられなかった[34]。

用量─反応性試験では有効性と副作用に鑑みて480-800 mg/日が適正量ではないかといわれているが[35]、系統的レビューでは本剤の適正な投与量に関して推奨できるだけの十分な根拠はないと結論づけている[31]。日本ではメドロキシプロゲステロン酢酸エステル(ヒスロン(R))400-600 mg/日が使用されることが一般的である。保険適用がなく、血栓症を生じる可能性があるため、投与の検討の際には専門家との相談を行うとよい。

通常、食欲の改善は治療開始後1週間以内に認められるが、体重増加を認める患者は4分の1ほどであり、数週間かかることもある[26]。

またメゲストロールの副作用として、深部静脈血栓症や視床下部─脳下垂体─副腎系の抑制やアンドロゲン抑制などがあげられる。しかしメゲストロールはコルチコステロイドより副作用が少ないため、予測される予後が比較的長い患者に使うことが推奨されている[34]。

また、1件のランダム化比較試験にて、メドロキシプロゲステロン 1000 mg/日(メゲストロール160 mg/日に相当)はプラセボと比べて有意な食欲改善(6週間後と12週間後に測定)と体重増加(12週間後)をみたことが報告されている[36]。この試験ではメドロキシプロゲステロンは軽度の浮腫をきたす傾向があったのみで特記すべき副作用を認めなかった。その他のランダム化比較試験でも、食欲改善と体重増加に関してメドロキシプロゲステロンによる同様の有効性が示されている[37, 38]。

2)コルチコステロイド ✚✚✚

ランダム化比較試験にて、デキサメタゾン[39]やメチルプレドニゾロン[40, 41]が体重増加はきたさないものの食欲不振を改善させることが示されている。日本では一般的にベタメタゾンやデキサメタゾン 1-4 mg/日がよく使われる。しかし食欲亢進の効果は通常数週間と短く、長期間使用により様々な副作用を呈しうる[26]。したがって使用にあたっては患者の意向に沿ってリスクやベネフィットを十分に考慮し、予想される予後がある程度短い患者(数週間〜数か月)を対象にすることが望ましい。

上記のようにCACSに対しては様々な臨床研究が行われてきたが、プロゲステロン製剤やコルチコステロイドに関して、処方例として示しうるだけの適正な投与量や開始のタイミング、投与期間についてのエビデンスは確立されていない。

2.非薬物療法

1)栄養サポート

がんによる消化管閉塞や頭頸部がんの治療に伴う口腔粘膜炎などにより経口摂取量が低下している患者では、栄養補給による介入が奏効することがある[26]。しかし、CACSを呈する進行がん患者では蛋白分解などの代謝亢進が主な病態であるため、ほとんどの場合、経管栄養や経静脈栄養がQOLや生存期間を改善させることはない。明確な目標を患者と共有せずにこれらの栄養補充を続けることが、かえってホスピスや終末期ケアへの移行のタイミングを遅らせる結果となる[42, 43]。

化学療法を受けているがん患者における高カロリー輸液(total parenteral nutrition: TPN)の効果を調べたメタアナリシスでは、TPNによる生存期間の減少と感染症のリスク増加が認められた[44]。また、がん患者における経管・経静脈栄養の死亡率や合併症、入院期間への効果を調べた70件のランダム化比較試験のレビューでは、多くの試験がデザイン上の問題を抱えているものの、栄養サポートによる明らかな有用性は認められないという結論が導かれた[45]。

緩和ケアを受けている終末期患者を対象に栄養サポートの有用性を検証したランダム化比較試験はない。コクランの系統的レビューでは緩和ケア患者に対する栄養サポートの推奨を行っていない[46]。また、American Society of Gastrointestinal Endoscopy Task Force on Enteral Nutritionでは、治癒不能ながん患者に対しては経管栄養を推奨していない。進行がん患者における経静脈栄養に関しても、欧米の諸学会はルーチンの使用を推奨していない[47, 48, 49, 50]。一方、在宅緩和ケアにおける質的研究では、在宅栄養サポートにより、予後が数か月であっても患者・家族が身体的、社会的、心理的に有意義と感じたことが報告されている[51, 52]。

したがって不応性悪液質(refractory cachexia)の段階にある終末期がん患者においては、食欲不振や悪液質の進行が患者・家族に及ぼす心理社会的な影響に配慮しつつ、リスク・ベネフィットを慎重に考慮した介入を行うことが求められる。

2)カウンセリング

「食べられない」ことによる患者・家族の不安に対して支持的・共感的にかかわることが肝要である。「食べられないから弱ってしまう」のではなく、不可逆的な代謝異常の状態であることの説明を行う[26]。また、食事には社会的な要素が多分にあるため、食事は家族と一緒にとってもらうこと、少量の食事を頻回にとると食べやすいかもしれないことなどを説明する。栄養摂取を増やす努力を続けるのではなく、現状の受け入れができるよう支持的に関与することのほうが大切な場合も多い[53]。

日本の緩和ケア病棟でがん患者の家族を対象に行われた多施設調査研究では、患者が経口摂取困難になった時、無力感や罪悪感を抱いていたり、脱水が患者にとって非常につらいと感じている家族ほど、気持ちのつらさが強いことが明らかになった[54]。また、無力感や罪悪感を抱く家族、医療者が家族の懸念を傾聴しなかった経験を有する家族、患者の症状緩和が不十分だったと感じる家族ほど、日常診療に改善が必要と感じていた。この研究結果より以下のようなかかわりが推奨されている。

(1)家族の無力感や罪悪感を軽減すること

(2)終末期における補液や栄養について最新の情報を提供すること

(3)家族の懸念を理解し、感情的なサポートを提供すること

(4)患者の症状緩和に努めること

がん緩和ケア領域における栄養サポートやカウンセリングについては、今後質の高い前向き研究にて有用性を検証すべきテーマである[55]。

(本節末に掲載)