A 疫学・診断
1.疫学
2.診断
B 治療
1.薬物療法
2.非薬物療法[4]


文献

本節を含む「症状マネジメント(疼痛以外)」では、がん患者における嘔気・嘔吐、食欲不振、呼吸困難、せん妄のマネジメントについて、可能な限りエビデンスレベルが高いと思われる文献や、日本緩和医療学会『がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン2011年版』[1]、『がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン2011年版』[2]、日本緩和医療学会・日本サイコオンコロジー学会によるPEACE (Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education) プロジェクト『緩和ケアの基本教育に関する指導者研修会参加者ハンドブック』[3]に基づいて記載する。

1.疫学

進行期がん患者では40%以上、終末期がん患者では60%以上の患者において嘔気・嘔吐がみられる[4]。

2.診断

1)原因[4, 5]

・化学的な原因:薬物、感染、腫瘍、肝不全、腎不全、電解質異常など。

・消化器系の原因:便秘、下痢、消化管閉塞・運動低下、粘膜障害、腹水、腹膜炎など。

・中枢神経系の原因:脳浮腫や脳腫瘍、がん性・感染性髄膜炎、頭蓋底浸潤、不安など。

2)病態生理[4]

嘔気・嘔吐は以下の4つの経路の1つ以上が刺激されることで発症する。これらの経路はムスカリン受容体(Achm)、ヒスタミン受容体(H1)、セロトニン5HT2, 3受容体などを介して脳幹の嘔吐中枢へ刺激を伝える。

(1)化学受容器引金帯(chemoreceptor trigger zone: CTZ)

第四脳室底の最後野で、様々な催吐性刺激を受ける部位。血液脳関門の外部にあり、血液中や脳脊髄液中の代謝物、薬物(オピオイドやジギタリスなど)、細菌の毒素などが、ドパミン(D2)受容体、セロトニン5HT3受容体、ニューロキニンNK1受容体などを介してCTZを刺激し、嘔吐中枢へ入力される。

(2)大脳皮質

五感を通した入力、不安、髄膜刺激、頭蓋内圧亢進などにより嘔吐中枢は刺激される。化学療法における予期性嘔吐は一例。

(3)末梢

消化管の機械的伸展(例:消化管閉塞や腸内容物遅延)、消化管運動の低下・亢進、消化管粘膜障害(例:転移、感染症、胃食道逆流症[GERD]、放射線治療、化学療法)、毒素や薬物などにより消化管を含む臓器の機械的受容体、化学受容体が刺激される。それが迷走神経や内臓神経、交感神経や舌咽神経を介し嘔吐中枢に入力される。

(4)前庭器

体動や前庭の病変によりAchmやH1を介して前庭が刺激される。この刺激は内耳神経を介して嘔吐中枢に入力される。

1.薬物療法

1)特定の原因・病態に対する治療

・化学療法や放射線治療による嘔気・嘔吐:ガイドラインに基づく予防・治療[6]。

・ オピオイド:オピオイドローテーション[7, 8]など(本章「6. 疼痛マネジメント」を参照)。

・脳転移、頭蓋内圧亢進:コルチコステロイド、D-マンニトール、濃グリセリン。適応があれば手術や放射線治療。

・高カルシウム血症:輸液、ビスホスフォネート、カルシトニンなど。

・便秘:排便コントロール。

・消化管閉塞:本項「3)消化管閉塞に対する治療」に後述。

2)制吐薬

想定される病態に応じた制吐薬の投与が多くの場合有効である[5, 9]。現時点では、病態に応じて制吐薬を投与する有用性と、一律に同一の制吐薬を投与する有用性を直接比較した研究はないが[10, 11]、前者が一般的に推奨されている[4]。

日本緩和医療学会のガイドライン[1]での推奨をあげる(表1)。

第一選択薬 ✚✚

以下のいずれかを想定される病態に基づいて投与

・化学的な原因(薬物、嘔気・嘔吐の誘発物質、代謝異常)→haloperidol

・消化管運動の低下→metoclopramide ✚✚✚、domperidone

・頭蓋内圧亢進のない中枢神経、あるいは体動で増悪する前庭系が原因→ヒスタミンH1受容体拮抗薬、抗コリン薬

第二選択薬 ✚

別の作用機序をもつ制吐薬の使用

・haloperidol、metoclopramideまたはdomperidone、抗コリン薬、ヒスタミンH1受容体拮抗薬のいずれかの追加併用

・フェノチアジン系抗精神病薬(levomepromazineなど)、非定型抗精神病薬(olanzapine、risperidoneなど)への変更

第三選択薬 ✚

第一選択薬、第二選択薬にても難治性の嘔気・嘔吐の場合には、セロトニン5HT3受容体拮抗薬を追加投与

3)消化管閉塞に対する治療

・有効な薬物療法としてオクトレオチド✚✚✚[12, 13, 14, 15, 16]、ブチルスコポラミン臭化物✚✚[17, 18]、コルチコステロイド✚✚[12, 19, 20, 21]が推奨されている。消化管閉塞を有するがん患者に対し、オクトレオチド0.3 mg/日とブチルスコポラミン臭化物60 mg/日の有効性を比較した2件のランダム化比較試験では、オクトレオチドが有意に嘔気・嘔吐を改善させ[15]、消化管分泌を抑制した[14]。

・制吐剤として、メトクロプラミド✚[22](不完全閉塞または麻痺性で、かつ疝痛がない時のみ投与、症状(痛み・嘔気・嘔吐)が増悪する場合には速やかに中止)、グラニセトロン✚などのセロトニン5HT3受容体拮抗薬[23]、ハロペリドール✚[18]の有用性が報告されている。

・輸液量の調節。

・鎮痛薬。

・外科手術、消化管ステント留置術、減圧を目的とした経鼻胃管や経皮的内視鏡的胃瘻造設術(PEG)の適応を各専門家と検討。

2.非薬物療法[4]

・強い臭気や嘔気・嘔吐を惹起する他の要因を避ける。

・少量の食事を頻回に分けてとる。

・症状の強い時は経口摂取を避ける。

(本節末に掲載)