A 疫学・診断
1.概念
2.疫学
3.症状
4.診断
B 治療
1.概論
2.著明な低ナトリウム血症の補正
3.血清ナトリウム濃度の維持
文献

1.概念

アルギニンバソプレシン(arginine vasopressin: AVP)は、視床下部の視索上核・室傍核で合成され下垂体後葉に運ばれ循環血漿中に分泌されるが、腎集合尿細管のV2受容体に結合し、細胞内におけるcAMP濃度を上昇させ、アクアポリン2水チャネルを発現・増加させることで水再吸収を亢進させる作用をもつ[1, 2]。そのため抗利尿ホルモン(antidiuretic hormone: ADH)とも呼ばれ、その過剰分泌によって、希釈性の低ナトリウム血症が起こる。

ADHの過剰分泌は、下垂体後葉からの分泌亢進と、視床下部・下垂体以外の腫瘍組織からの分泌(異所性ADH産生腫瘍と呼ばれる)に大別される。担がん患者における前者の例としては、腫瘍が迷走神経を障害しADH分泌抑制を解除する場合や、増大した腫瘍が下大静脈などを圧迫することで左心房容積受容体を介してのADH分泌が刺激される場合などがあげられる[3]。本来、血漿浸透圧のわずかな低下により分泌抑制されるべきADHが、過剰分泌され続けることで希釈性の低ナトリウム血症が起こり、それに由来する臨床症状を呈するものがSIADH(secretion of inappropriate antidiuretic hormone)である。また、担がん患者に対し投与されるビンクリスチンやシクロホスファミドなどにより、薬剤性のSIADHが起こることも少なくない[4]。

2.疫学

SIADHは、担がん患者に起こる低ナトリウム血症の最も頻度の高い原因であり、約30%を占め、担がん患者全体の1-2%に認められる[5, 6, 7]。また、ADH産生腫瘍の発生頻度は明らかではないが、日本の報告では、ADH産生腫瘍の原因疾患は肺がんが約80%を占めている[8]。その他、膵がん、胸腺腫、胃がん、結腸がん、大腸がんでも報告を認める。肺がんのなかでは、特に小細胞肺がんが多く、約90%を占めると報告されている。一方、海外の報告では、SIADHを起こした担がん患者のうち、小細胞肺がんが11-46%を占めたとされている[9]。

3.症状

SIADHによる低ナトリウム血症で認める臨床徴候は、低ナトリウム血症の程度とその進行速度に依存する[10]。症状としては悪心、食欲低下、傾眠、精神不穏、けいれんなどがあり、身体所見としては腹部違和感、深部腱反射減弱、病的反射出現、仮性球麻痺、けいれん発作などがあげられる[11]。血清ナトリウム値が120 mEq/L以上であれば無症状のことも多いが、悪心・食欲低下に加え、転倒、歩行失調、注意力低下が有意に増加すると報告されている[12]。血清ナトリウム値が110 mEq/L以下では意識障害やけいれん、場合によっては呼吸停止や不可逆的脳障害を起こすこともある。ただ、低ナトリウム血症が急激に進行する例では、血清ナトリウム値が120 mEq/L程度でも重篤な症状をきたすことがある。

4.診断

1)診断基準

表1に厚生労働省間脳下垂体機能障害に関する調査研究班によるSIADHの診断基準を示す[13]。SIADHの特徴として、身体所見上、脱水・浮腫を認めないことが重要である。腎機能や副腎皮質機能は正常に保持され、尿の濃縮力も保持されるため、過剰なADHにきちんと反応し、高張尿となる。また、循環血漿量の増加を反映し、血漿レニン活性は5 ng/mL/時 以下、血清尿酸値は5 mg/dL以下となる。低血漿浸透圧であるにもかかわらずADH分泌が抑制されないことから“inappropriate(不適合な)”とされる。異所性ADH産生腫瘍の診断には、原発巣あるいは転移巣を含めて、いずれかの組織内でADH産生を証明することが必要である。

2)鑑別診断

低ナトリウム血症の鑑別では、まず身体診察から浮腫・脱水の有無を確認する。浮腫があれば細胞外液量増加と判断し、うっ血性心不全、肝硬変、腎不全にその原因を求めることとなる。

次に、尿中ナトリウム濃度が鑑別診断の一助となる。低ナトリウム血症に対し、腎臓が正常に対応をしていれば、通常、尿中ナトリウム濃度は20 mEq/L未満になるので、そうであれば、摂取不足、嘔吐・下痢・火傷といった腎外性喪失か、心因性多飲症、輸液過剰を想定することになる。浮腫がなく、低ナトリウム血症にもかかわらず、尿中ナトリウム濃度が20 mEq/L以上であれば、何らかの原因で腎臓が正常な対応をできていないと考えながら鑑別を絞っていくことになる。副腎不全、鉱質コルチコイド作用不足、ナトリウム喪失性腎炎、利尿薬濫用、尿細管アシドーシス、浸透圧利尿では脱水を伴うことが多く、SIADH、甲状腺機能低下症、鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症では基本的に脱水を伴わない。脱水の有無は、身体所見と検査所見から判断する。(図1)

SIADHでは水分制限にて病状が改善するのに対し、鉱質コルチコイド反応性低ナトリウム血症では、病状は悪化する。SIADHの診断に必要な血清ナトリウム濃度(s-Na)、尿中ナトリウム濃度(u-Na)、血漿浸透圧(s-Osmo)、尿浸透圧(u-Osmo)、ADH、クレアチニン(Cr)、アルドステロン濃度(PAC)、レニン活性(PRA)、ACTH、コルチゾール、尿酸に加えて、これらの鑑別のため、総蛋白、アルブミン、脂質、血糖、肝酵素、尿素窒素(BUN)、Cr、カリウム、free T4、甲状腺ホルモン(TSH)、脳性利尿ペプチド(BNP)も必要になる。

ADHの検査結果が出るまでには日数がかかるので、他の疾患を除外したうえで、確定診断までは「SIADHの疑い」として対処することになる。なお、PAC、PRA、ACTH、コルチゾールは30分以上安静臥床のうえで採血するのが原則である[10]。

1.概論

SIADHの根本的な治療は、原疾患の治療による原因の除去である。しかしながら、異所性ADH産生腫瘍の多くは悪性腫瘍であり、腫瘍による迷走神経の障害、大静脈の圧迫も含め、SIADHを呈する時期には腫瘍の進展もかなり進んでいる場合が多い。このため、以下に述べる対症療法が中心となることが多い。

2.著明な低ナトリウム血症の補正

血清ナトリウム濃度が120 mEq/L以下の著明な低ナトリウム血症で、けいれんや意識障害などの中枢神経障害を伴う場合には、速やかな補正が必要となる[11]。高張食塩水の輸液とフロセミド10-20 mgの随時投与が行われる。高張食塩水(2.5-3.0%のNaCl)を1.5-3.0 mL/kg/時の速度で、経静脈的にゆっくりと投与する。血清ナトリウム(s-Na)の補正速度は1時間あたり0.5 mEq/L、24時間で10 mEq/L程度の増加に抑え、血清ナトリウム濃度を数日かけて125 mEq/L以上に増加させることを目標とする。血清ナトリウム濃度の上昇が、24時間で20 mEq/L以上に及ぶような急激な補正は、橋中心髄鞘崩壊(central pontine myelinolysis)を引き起こすことがあるので、注意が必要である。橋中心髄鞘崩壊では、意識障害や四肢の弛緩性麻痺、筋力低下、嚥下障害、構音障害を認め、以前は非常に予後不良な疾患とされた。最近の研究でも、良好な転帰は34%に過ぎないと報告されている[14]。

・高張食塩水(2.5-3.0%) 1.5-3.0 mL/kg/時の速度で点滴投与
s-Na測定は、初回は開始1時間後、その後は2-4時間毎を目安に随時。

・furosemide 10-20 mg 静注(s-Naの測定結果をみて、随時)

3.血清ナトリウム濃度の維持

治療の基本は、水分制限である。1日の総水分摂取量は15-20 mL/kgに抑える[13]。また、循環血漿量の増加に伴うナトリウム利尿の亢進により、尿中ナトリウム排泄量は増加傾向にあるので、1日の食塩摂取量は11.7g(Na 200 mEq)以上にする。「バゾプレシン分泌過剰症(SIADH)の診断と治療の手引き」では、各治療法については優先順位について言及していないが、上記の2つが採用されることが多く、以下の治療法は十分な効果が得られなかった場合に、段階的に追加されることが多い。

デメチルクロルテトラサイクリン(レダマイシン(R))は、腎集合尿細管細胞内におけるcAMP産生を阻害するため、ADHに拮抗して治療効果が得られる。経口投与の目安は600-1200 mg/日とされ、効果が現れるのに数日から1週間かかるとされている[15]。また、非ペプチド性AVP V2受容体拮抗薬であるモザバプタンが、異所性ADH産生腫瘍によるSIADHで、既存の治療法で効果不十分な場合に限り、使用可能となった[16]。

モザバプタン塩酸塩(フィズリン(R))は、1日1回1錠(30 mg)を経口投与する。投与開始3日間で有効性が認められた場合に限り、最大7日間まで継続投与することが可能である。また、鉱質コルチコイドトルバプタン(サムスカ(R))はプラセボと比較し、平均s-Na 129 mEq/Lの患者に対し、投与後4日目(SALT-1: 134 mEq/L、SALT-2: 135 mEq/L vs. 130 mEq/L)、30日目(136 mEq/L vs. 131 mEq/L)のいずれにおいても有意な上昇を認め[17]、欧米ではSIADHに対して適応が取得されているが、日本では「ループ利尿薬等の他の利尿薬で効果不十分な心不全における体液貯留」のみに限定されている。また、コニバプタンの有用性もランダム化比較試験で示されているが、日本においては未発売である[18]。

demethylchlortetracycline(レダマイシン(R)カプセル)150 mg 4-8錠 分2-4✚✚

mozavaptan hydrochloride(フィズリン(R)錠)30 mg 1錠 分1✚✚

case

症例:69歳 男性。

主訴:嘔気。

現病歴:2009年春、湿性咳嗽が出現し、3か月で4 kgの体重減少も認めていた。初夏の検診で、X線撮影にて胸部異常影を指摘され、当院呼吸器科を紹介受診した。喀痰から小細胞肺がん(SCLC)、class Vを認めた。精査にて右下葉原発SCLC、限局(LD)、cT2 N2 M0、Stage IIIAと診断された。手術適応なく、間質性肺炎の合併を認めたため、化学療法単独での治療を行うこととなった。初回化学療法導入目的に入院したが、化学療法施行前の第12病日に嘔気を認め、入院時はNa 139 mEq/Lと正常であったが、Na 118 mEq/Lに低下していた。

身体所見:身長161 cm、体重57 kg、体温36.5℃、脈拍70回/分、血圧132/74 mmHg、SpO2 97%(room air)、概観:良好、意識:清明、頸静脈怒張:なし、心音:異常なし、呼吸音:両側下肺野背側でfine crackleを認める、下肢:浮腫を認めず。

検査所見:Hb 12.8 g/dL、WBC 5000/μL、Plt 17.4×104/μL、BUN 16.3 mg/dL、Cr 0.7 mg/dL、UA 3.8 mg/dL、Glucose 107 mg/dL、Alb 4.1 g/dL、AST 19 IU/L、ALT 10 IU/L、Na 118 mEq/L、K 4.4 mEq/L、Cl 85 mEq/L、Ca 8.2 mg/dL、s-Osmo 251 mosM/kg、u-Na 197 mEq/L、u-K 28 mEq/L、u-Cl 160 mEq/L、u-Osmo 643 mosM/kg、ADH 1.9 pg/mL、PAC 85.5 pg/mL、PRA 0.9 ng/mL/、ACTH 36.5 pg/mL、Cortisol 15.9 μg/dL、FT4 1.22 ng/dL、FT3 3.01 pg/mL、TSH 3.520 μUmL

経過:身体診察で浮腫を認めず、および検査所見から低ナトリウム血症の原因としてうっ血性心不全、肝硬変、腎不全は考えにくかった。低ナトリウム血症を認めるにもかかわらず、尿中ナトリウム(u-Na)197 mEq/L(≧20 mEq/L)であったため、摂取不足、嘔吐・下痢・火傷といった腎外性喪失も、心因性多飲症・輸液過剰も考えにくかった。甲状腺機能、副腎皮質機能は正常であり、副腎不全、鉱質コルチコイド作用不足は否定的であった。浸透圧利尿をきたすような高血糖は認めず、血清カリウム値が正常であり、高カルシウム血症を認めていないことから尿細管アシドーシスも考えにくかった。また、利尿薬濫用を疑わせるような病歴もナトリウム喪失性腎炎を疑わせるような脱水所見も認めなかった。SIADHの診断基準を満たすこと、治療経過で水分制限にて病状悪化を認めなかったことから、SIADHと診断された。

原疾患の小細胞肺がんに対し、シスプラチン+エトポシドにて治療を行った。意識障害を認めなかったため、点滴にての低ナトリウム血症の補正は行わなかった。SIADHに対して、1日1000 mLの水分制限と、もともと食事に1日10 gの食塩が入っていたが、さらに1日3gの食塩内服を追加した。治療開始5日後、125 mEq/Lまでの改善を認め、嘔気などもおさまった。さらにデメチルクロルテトラサイクリン(レダマイシ(R))600 mg/日を追加し、9日後、136 mEq/Lまで改善を認めた。化学療法の奏効と合わせ、Na 140 mEq/Lまで上昇し、レダマイシ(R)中止後もナトリウムの低下は認めなかった。

クリニカルパール:原疾患に対する治療奏効によりSIADHの改善が期待できるが、対症療法にて速やかなQOL改善をはかることも大切である。

1. Kinzie BJ. Management of the syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone. Clin Pharm 1987; 6(8): 625-33. [PubMed]

2. Fried LF, Palevsky PM. Hyponatremia and hypernatremia. Med Clin North Am 1997; 81(3): 585-609. [PubMed]

3. Bartter FC, Schwartz WB. The syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone. Am J Med 1967; 42(5): 790-806. [PubMed]

4. Sorensen JB, et al. Syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone (SIADH) in malignant disease. J Intern Med 1995; 238(2): 97-110. [PubMed]

5. Glover DJ, Glick JH. Metabolic oncologic emergencies. CA Cancer J Clin 1987; 37(5): 302-20. [PubMed]

6. Silverman P, Distelhorst CW. Metabolic emergencies in clinical oncology. Semin Oncol 1989; 16(6): 504-15. [PubMed]

7. Berghmans T, et al. A prospective study on hyponatremia in medical cancer patients: epidemiology, aetiology and differential diagnosis. Support Care Cancer 2000; 8(3): 192-7. [PubMed]

8. 清水倉一. 異所性ADH産生腫瘍. 日本臨床 1993; 51 Suppl: 222-33. [PubMed]

9. Raftopoulos H. Diagnosis and management of hyponatremia in cancer patients. Support Care Cancer 2007; 15(12): 1341-7. [PubMed]

10. 高野加寿恵 監. 最新内分泌検査マニュアル. 第3版. 日本医事新報社. 2010.

11. 石川三衛. 異所性ホルモン産生腫瘍の診断・治療 異所性ADH産生腫瘍. 日本臨床 2011; 69 Suppl 2: 706-10. [PubMed]

12. Renneboog B, et al. Mild chronic hyponatremia is associated with falls, unsteadiness, and
attention deficits. Am J Med 2006; 119(1): 71. e1-8. [PubMed]

13. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 間脳下垂体機能障害に関する調査研究班. バゾプレシン分泌過剰症(SIADH)の診断と治療の手引き(平成22年度改訂). 2011.

14. Hurley RA, et al. Central pontine myelinolysis: a metabolic disorder of myelin. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 2011; 23(4): 369-74. [PubMed]

15. Forrest JN Jr, et al. Superiority of demeclocycline over lithium in the treatment of chronic syndrome of inapproiate secretion of antidiuretic hormone. N Engl J Med 1978; 298(4): 173-7. [PubMed]

16. Saito T, et al. Acute aquaresis by the nonpeptide arginine vasopressin (AVP) antagonist OPC-31260 improves hyponatremia in patients with syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone (SIADH). J Clin Endocrinol Metab 1997; 82(4): 1054-7. [PubMed]

17. Schrier RW, et al. Tolvaptan, a selective oral vasopressin V2-receptor antagonist, for hyponatremia. N Engl J Med 2006; 355(20): 2099-112. [PubMed]

18. Zeltser D, et al. Assessment of the efficacy and safety of intravenous conivaptan in euvolemic and hypervolemic hyponatremia. Am J Nephrol 2007; 27(5): 447-57. [PubMed]