A Emanuelの7つの倫理要件
1.社会的/科学的価値(social or scientific value)
2.科学的妥当性(scientific validity)
3.適正な被験者選択(fair subject selection)
4.適切なリスク・ベネフィットバランス(favorable risk-benefit ratio)
5.第三者審査(independent review)
6.インフォームドコンセント(informed consent)
7.候補者を含む被験者の尊重(respect for potential and enrolled subjects)
B 臨床試験作成の流れと倫理要件
文献


現在の標準治療は、過去に実施された臨床試験に基づいており、新たな標準治療を確立するには新たな臨床試験を行う必要がある。医療の進歩に臨床試験が必要不可欠であることは、各国の研究倫理指針の基となっている「ヘルシンキ宣言」[1]の序文にも述べられていることである。ただし、臨床試験はヒトを対象として行われる「計画的実験」であることを忘れてはいけない。たとえ科学的に正しい臨床試験であったとしても、倫理的に問題がある臨床試験を実施することは許容されない。

本稿では、米国National Institute of HealthのEmanuelらが提唱した7つの倫理要件[2]をもとに、臨床試験に携わるうえで最低限知っておきたいと考えられる倫理(研究倫理)とその実践について概説する。

以下の7要件のすべてを満たして初めて倫理的な臨床研究である、とEmanuelらは述べている。

1.社会的/科学的価値(social or scientific value)
2.科学的妥当性(scientific validity)
3.適正な被験者選択(fair subject selection)
4.適切なリスク・ベネフィットバランス(favorable risk-benefit ratio)
5.第三者審査(independent review)
6.インフォームドコンセント(informed consent)
7.候補者を含む被験者の尊重(respect for potential and enrolled subjects)

なお、Emanuelの倫理要件は2004年に「研究を実施する地域社会との連携」(collaborative partnership)の1要件が追加され8要件となっている[3]。しかし、この8要件めは、主に発展途上国で行われる治験を想定したものであり、やや難解でもあることから、本稿ではオリジナルの7要件をもとに説明する。

1.社会的/科学的価値(social or scientific value)

臨床試験は、それにより得られる結果が価値ある(valuable)ものでなくてはならない。「価値」とは、医療の進歩・発展に直接貢献すること、または人体の仕組みの解明に役立つ重要な知見等、間接的に将来の医療の進歩に結びつくこと、とされる。逆に、臨床的に意味のない仮説の検討や、一般化できない結果しか得られないもの、既にわかっていることしか導き出せない無駄な重複は、「価値がない」研究とされる。

社会的/科学的価値のある研究を実施するには、研究が実施される分野の、最新で網羅的かつ公平な知識が必要である。既に報告されているエビデンスをくまなく調べることはもちろんのこと、現在行われている臨床試験についても把握する必要がある。さらに、臨床研究の結果が得られるのが計画時点から数年後であることを考えると、予測し推論する能力や想像力も必要となる。なお、現在行われている臨床試験は臨床試験登録システムを利用すると検索することができる。代表的な臨床試験登録システムとして、米国のClinicalTrials.gov(http://clinicaltrials.gov/)、日本ではUMIN臨床試験登録システム(http://www.umin.ac.jp/ctr/index-j.htm)がある。

2.科学的妥当性(scientific validity)

倫理的な研究であるためには、方法論的に正しく実施される必要がある。具体的には、明快かつ科学的な研究目的を設け、一般に正しいと認められた科学的原則に基づいた解析方法を用い、信頼できる手法によりデータが管理され、十分な検出力を有していなくてはならない。試験デザインが誤っていたり、患者選択が偏っていたり、被験者数が十分でなかったり、データ管理が適切でない研究は科学的に妥当ではなく、非倫理的である。また、比較試験において、比べられる治療の優劣について臨床試験を実施するコミュニティの中で意見が分かれるような状況、つまり臨床的均衡(clinical equipoise)が成り立っている必要があることも科学的妥当性のひとつの要素とされる。

これらの実践は医師だけでは不可能であり、少なくとも生物統計家とデータマネジャーの参加が不可欠であろう。

3.適正な被験者選択(fair subject selection)

被験者の選択は公正(fair)でなければならない。「選択が公正である」にはいくつかの側面がある。まずは、選択は科学的な理由によって行われる必要がある。臨床試験への参加を依頼しやすい人、たとえば新薬開発を行う製薬企業の自社社員、臨床試験を実施する病院の職員や大学医学部の学生、囚人といった人を不当に勧誘すべきではない。また、逆に科学的根拠がないにもかかわらず、特定の集団や個人を除外することも公正な患者選択とはいえない。臨床試験の結果、治療が有効であるとわかった場合に、将来その治療を受けるであろう集団を試験の対象から除いてはいけないということである。

二点めは、試験の結果から利益を得る集団と被験者集団が異なってはならないという点である。たとえば、発展途上国でエイズ薬を開発し先進国で承認・販売を行うことや、抗がん剤の早期開発を米国で行って有効性・安全性が確認されてから日本で後期開発を行うことなどは、公正な被験者選択とはいえない。米国のデータではあるが、第I相試験が行われる抗がん剤候補物質が、実際に第III相試験を経て米国Food and Drug Administration(FDA)の承認を得る確率は5%しかない。多くの抗がん剤候補物質の第I相試験が米国で行われ、第III相試験で有効性が証明され、まず米国で承認された後に遅れて日本で使用できるようになるという、いわゆる“ドラッグラグ”は、日本国民の不利益であるという側面があるのと同時に、「米国国民が早期開発のリスクを負い、日本国民が利益を得る」という側面もある。そのため、ドラッグラグを解消するということは、有効な薬剤を早く使えるという日本国民にとっての利益となる反面、成功確率が低い段階である早期開発のリスクを日本国民も公平に負うという不利益を覚悟するということである点にも留意が必要である。

三点めは、被験者のリスクが最小化され、利益が最大化されるように選択すべきという点である。効果が期待できない患者や過度のリスクを負うことが予想される患者は除外されなければならない。

適正な被験者選択を実践するには、適切な患者選択規準(組み入れ規準)および除外規準の設定、不適格な患者を登録しないような仕組み、不適格な患者が登録されてしまった時に適切に問題が解決されるような仕組み、インフォームドコンセントプロセスの監視等が求められる。

4.適切なリスク・ベネフィットバランス(favorable risk-benefit ratio)

「適切なリスク・ベネフィットバランス」は以下の3つの側面で考える。(1)被験者のリスクの最小化、(2)被験者のベネフィット(利益)の最大化、(3)リスクとベネフィットのバランスを適切にすること、である。これらを実現するには、まずは試験治療を受けた場合に予想されるリスクとベネフィットを可能な限り同定することが重要である。また、被験者のリスクと臨床試験の結果から得られるであろう社会のベネフィットとのバランスも考慮する必要がある。もちろん、社会が得られるベネフィットがいくら大きくても、被験者のリスクが不当に大きい場合は適切なリスク・ベネフィットバランスとはいえない。

リスクを最小化するには、適切な治療変更規準(減量規準や中止規準)を設定し、これらの規準が実際に遵守されているかどうかをモニタリングする必要がある。重篤な有害事象が発生した場合に速やかに情報を共有できる報告システムの構築や、適切な中間解析の実施も必要である。

5.第三者審査(independent review)

臨床試験の関係者以外の第三者により、上記1.から4.の要件すべてを満たしているかどうかが審査され、第三者よりお墨付きをもらう必要がある。すべてにおいて問題がないか、問題があったとしても許容範囲であるかどうかが評価される。日本では、治験は薬事法と医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(Good Clinical Practice: GCP)に基づく治験審査委員会、その他の臨床試験については「臨床研究に関する倫理指針」(厚生労働省)に基づく倫理審査委員会がこの役割を担っている。適切な審査を行うには、様々な立場の委員が、公正かつ中立である必要があるため、治験審査委員会・倫理審査委員会ともに委員の構成要件が定められている。「臨床研究に関する倫理指針」では、倫理審査委員会は、医学研究の専門家、人文社会学の専門家、一般の立場を代表する者から構成される必要があり、かつその中には外部委員を含む必要がある。また、審査委員は男女両性で構成されることも求められている。

適切な審査を行うには、相応の知識と経験が必要であり、審査委員への教育も重要である。日本では「臨床研究に関する倫理指針」の2008年の改訂に際して、倫理審査委員に対する教育が医療機関の長の責務として謳われているものの、審査委員の認定制度はなく、審査委員の質は担保されていない。

米国では、倫理審査委員会(institutional review board: IRB)はその構成メンバーも含めて、国家機関である被験者保護局(Office for Human Research Protection: OHRP)に登録されなければならない。また、IRBの委員になるには、OHRPの提供する研究倫理に関するeラーニングの講義を受講し、その最後に課せられるオンライン試験に合格しなければならないことから、一定の質は担保されているといえる。いずれ日本でも同様の仕組みが組まれることが望ましいと思われる。

ただし、多施設共同臨床試験において、すべての施設が同時並行でIRB審査を行うことは非効率的であり、試験全体の科学性・倫理性の吟味は中央一元化して、施設固有の条件の観点からの実施可能性等の判断と分離しようとする動きも米国にはある。その方策のひとつとして、米国では中央倫理審査委員会(Central IRB)が試みられている。審査する項目をCentral IRB と各医療機関の倫理審査委員会(local IRB)で分けることで、審査の重複を避けることができ、効果的かつ効率的な審査体制となることが期待されている。具体的には、Central IRBで、普遍的な科学性や倫理性、法・指針を満たしているかどうかの審査を行い、各医療機関の倫理審査委員会(local IRB)は、施設固有の課題についてのみ審査を行うという役割分担である。この二段階審査の効率をさらに高める方法として、local IRB では審査を行わず、Central IRBのみで審査を行う方法も試みられている。日本においても法・指針の改正によって、Central IRBによる審査が可能となったものの、まだCentral IRBが利用されることは少ない。今後はCentral IRBの利用を含め、より効率的で質の高い審査体制を整備する必要がある。

6.インフォームドコンセント(informed consent)

上記1.から4.の要件すべてを満たした研究を計画したうえで、被験者本人に試験の意義を理解して参加してもらう必要がある。インフォームドコンセントは、(1)研究の目的、方法、リスク・ベネフィット、臨床試験に参加しなかった場合の治療方法等の十分な情報、(2)その内容に対する十分な理解、(3)そのうえでの自発的な同意、の3要素からなるとされる。

説明文書に記載すべき事項は、実施する臨床試験が準拠している法・指針によって異なるものの、その目的は臨床試験の情報を患者に正しく理解してもらうことである。このため説明文書の作成にあたっては、専門用語はできる限り用いず、わかりやすい表現を用い、イラストや表を用いることで視覚的にも理解しやすくする工夫が必要である。医療従事者にとっては自明である用語も患者にとっては難解なことは多々あるため、実際に使用する前には医療従事者以外の担当者による確認をおすすめする。また、説明文書は、試験毎に一から作成するのではなく、疾患、試験デザイン、法・指針など、臨床試験で共通となる説明事項は、事前にテンプレートを作成することをおすすめする。

適切な説明文書の作成の他に、インフォームドコンセントにかかわる教育・訓練、臨床試験コーディネーター(clinical research coordinator: CRC)による支援、各医療機関の品質保証部門や多施設共同試験における中央機構の監査担当者による同意文書の確認等が、実践方法としてあげられる。

7.候補者を含む被験者の尊重(respect for potential and enrolled subjects)

研究に実際に参加した人のみならず、研究に参加する可能性のある人も含め、スクリーニングの段階から研究終了まで被験者は「人」として尊重されなければならない。

被験者の尊重には5つのポイントがあるとされる。(1)プライバシーの保護、(2)研究参加後の同意の撤回の自由、(3)研究開始後に新たに判明した情報の提供、(4)(プロトコール治療終了後も含めて)適切な治療・ケアが受けられていることの継続的な確認・監視、(5)研究の結果・成果を知らせること、である。

Emanuelらは上記7要件を1.から順番に考えるべきであると述べている。これは臨床試験の計画から実施にわたるプロセスの順に並べられているためである(図1)。

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臨床試験を行うには、最初に臨床的仮説を明確にし、その仮説が正しかった場合・正しくなかった場合、どちらであっても将来の患者にとって役に立つものであるかどうかを検討する(「1.社会的/科学的価値」の明確化)。次に、その臨床的仮説を証明するためには、どのような試験デザインが妥当か、サンプルサイズ設定に問題はないか、を検討する(「2.科学的妥当性」の確保)。さらに、その治療が有効であると判断された場合に「治療の対象となる集団」と「患者選択規準」が異なっていないかを確認し(「3.適正な被験者選択」の実践)、治療変更規準・中止規準が適切であるかを検討する(「4.適切なリスク・ベネフィットバランス」の確保)。ここまでが、研究実施者側自らが担保すべき倫理要件である。

研究実施者側が1.から4.のすべての要件を十分満たしたと判断したら(多施設共同臨床試験グループではそのグループの審査機構や意思決定機関の審査承認をもって)、プロトコールは参加施設の医療機関の倫理審査委員会に提出され、審査・承認を受ける(「5.第三者審査」)。プロトコールが倫理審査委員会で承認され研究が開始されれば、個々の患者に対して適切なインフォームドコンセントのプロセスが繰り返され(「6.インフォームドコンセント」の実践)、研究の実施中、候補患者を含めた被験者が保護されていることが継続的に担保される体制で研究が進行していくのである(「7.候補者を含む被験者の尊重」)。

Emanuelの7要件は倫理の専門家でない臨床医にとっても理解、実践しやすく、また研究倫理を初めて学ぶ際の教材として用いやすいガイドラインである。まずは7要件の内容を1.から順に、その内容を理解することをおすすめする。なお、Emanuel自身による上記7要件についての講演は、臨床研究教育サイトであるICR web(http://www.icrweb.jp/icr/modules/outer/index.php?content_id=5)に収録されており無料で閲覧することができる。ぜひ閲覧いただききたい。

1. The World Medical Association(WMA). WMA Declaration of Helsinki - Ethical Principles for Medical Research Involving Human Subjects(ヘルシンキ宣言).
http://www.wma.net/en/30publications/10policies/b3/index.html [日本語版PDF(日本医師会訳)]

2. Emanuel EJ, et al. What makes clinical research ethical? JAMA 2000; 283(20): 2701-11. [PubMed]

3. Emanuel EJ, et al. What makes clinical research in developing countries ethical? The benchmarks of ethical research. J Infect Dis 2004; 189(5): 930-7. [PubMed]